2016/08/16.345

      マンボウの作文

                                                                                 

                                バラエティー刺身

昼間の暑い中、何時も行くスーパーに出向き、地下の食品売り場をあちらこちら歩き回っていると、汗でビショビショになった下着が冷えて、思わずくしゃみが二発出た。
私はスーパーやデパートの食品売り場の冷気が大の苦手なので、体が冷えないうちに買い物を済ませると、さっさとエスカレーターに乗って逃げ出すことにしている。

何時もなら、決めた物を買うだけの時間で済むのだが、その日は生憎決めた物が棚に無く、当てが外れてあちこち歩き回る羽目になったのだ。お目当てだったチーズを諦めると、最終的に魚売り場に落ち着いたのだ。
私が時々買う刺身は、小さなパックにマグロ、サーモン、タイの三種類の魚の切れっ端がごっちゃに入った物で、刺身とは言えない代物である。
本来なら、商品にならない屑物なので、捨てられてしまうのだろうが、それでは勿体ないと考えたのだろう。最近、しばしば売り場に出るようになった。言うなれば、盛り合わせ三点セットのリサイクル版である。

並んでいる刺身パックの中では、値段が一番安く手軽に買えるので、酒のツマミにする男性に人気があって、売り場に出ると直ぐに売り切れてしまう。
店側も力を入れ出し、名前もバラエティー刺身などと洒落たネーミングで売っているのだ。
屑物とは言え、大根のツマも入っているので不足はない。問題は、入っている魚の割合である。マグロが多く入っている時もあれば、マグロやタイが少なくて、サーモンばかり目立つ時もあり、日によってまちまちである。

私は、昔からサーモンは刺身にならない魚と思っているので、マグロとタイが沢山入った時にしか買わない。けれど、買う人それぞれに好みがあるので、どのパックも平均して買われると思っていたら、そうではないのだ。
このバラエティー刺身を買う人は、私と同じ年配の男性が多く、やはりサーモンを刺身の具材と認めない年代の人達なのだろう。パックを一つずつ手に取ると、目の前でマグロとタイが多く入ったパックを丹念に選んで買って行くのだ。

だから、自然とサーモン色のパックが残ってしまう。店側としても、バラエティー刺身は所詮屑物なので、沢山切れ端が出る魚から詰める事になる。マグロやタイは高価な上に、量も沢山は出ないのだろう。
その点サーモンは、料理用としても沢山捌く魚なので、切り屑も沢山出る。サーモンの量が多いパックが出来てしまうのは、仕方ないかも知れない。

私がバラエティー刺身を買うのは、半分を酒のツマミにして、後の半分はお茶漬けにして食べたいからだ。
バラエティーでない通常の三点盛りの刺身は、ご飯のオカズ用にカットされているので、酒のツマミにするには大き過ぎるし、永谷園の海苔茶漬けの素をパラパラとご飯に振り掛けて、茶漬けとして食べるには、少々勿体ない感じがしないでもない。
それに、塩焼きのサーモンなら兎も角、生のサーモンは何となくバタ臭く、ムニエルやフライのように、西洋料理の食材と言うイメージが強いので、尚更敬遠したくなる。

話によると、サーモンにはアニサキス等の寄生虫がいることがあるので、マグロやタイのように生け締めにして直ぐには食べられないそうだ。万一、寄生虫が胃に入ると、胃壁に食らい付くので相当痛いと言う。
アイヌの人が常食にしているルイベは、捕獲したサーモンを一旦氷に閉じ込め、寄生虫を死滅させた後に解凍して食べる。サーモンの旨み成分を逃がさないように、凍ったサーモンを火で炙り、溶けかかった肉から少しづつ食べる。
サーモンは解凍の仕方が悪いと、細胞が壊れて旨みが抜けるので、食べてもあまり美味しくないらしい。
今は、冷凍技術の進歩や寄生虫のいない養殖サーモンの普及で、美味しい魚肉が食べられるので、解凍したサーモンも寿司ネタとして普通に使われている。

とは言え、サーモンの刺身としての歴史が浅い上、派手な色が災いして、私には苦手の部類の刺身である。
そんな魚がパックに沢山入っていたら、年配の男性客は、恐らくそっぽを向くだろう。
少々話が逸れてしまったが、魚売り場のケースに並べられた刺身を眺めていると、珍しい事にバラエティー刺身のパックが五個も置いてある。今しがた店頭に出されたとみえ、どの刺身も新鮮でピカピカと光っているではないか。

「おっ!今日のバラエティーはマグロとタイが多いぞ!決まりだ」 、
私は手前のパックを取り上げると、じっくり中味の調査を始めた。
いつ来たのか私の横にいたオジサンが、負けじとばかり同じバラエティー刺身を取り上げたのだ。私が取り上げたパックより、マグロやタイの白身部分が目立つ。サーモンが少ないのは明らかである。オジサンが手放すのを待っていると、そのままパックを買い物籠にポイと入れたのだ。
止むを得ず、残されたパックの中から、一つひとつをチェックしたのだが、オジサンが買ったパックを超える物はない。

「先手を取られたか。しょうがない。これにしよう」
比較的サーモン色の少ないパックを手にすると、私はレジに向かった。
私の晩酌は夏はビール、春と秋はウィスキーの水割り、冬は熱燗かホットウィスキーとほぼ決まっている。刺身は日本酒は勿論、ビールやウィスキーにも良く合うツマミである。
私は早速、買ってきたバラエティー刺身を、ビールのツマミにして、残った半分は大根のツマごと茶漬けにして平らげた。やっぱり、茶漬けにはサーモンよりマグロやタイの方が美味しい。サーモンが少ないバラエティー刺身を、オジサン達が選んで買って行くのは、私と同じ食べ方をするからだろう。

寸法通りきちんとカットされた通常の盛り合わせと違い、バラエティー刺身は、盛り付ける人の性格や心情を、推測する楽しみもあって面白い。屑物はその日によって出る魚の種類や量に変化があるので、盛り付ける人の創作になる。
気前の良い人が盛り付けたり、仕事のあとデイトの約束がある人だったりすれば、気分がルンルンしているので、盛り付けもいい加減になって、量の多いパックが期待出来るのだ。
だけど、性格がドケチな人や、失恋などした人だったりすると、大根のツマばかり多く、刺身の量は悲惨な事になって、当然の事、売れ残ることになる。

いずれにせよ、どうせ捨てる運命の切れっ端を、商品にしたのだから、初心を忘れないで、捨てる積もりでパックに盛り付けて貰いたいものだ。ケチって盛り付けると、儲け第一主義の姿勢が見え見えで、消費者還元と書かれた派手な横断幕が空しく見える。
高ががバラエティー刺身と侮る勿れ。高齢者の鑑識眼は見た目より鋭い。一つの事に執着すると、恐ろしい程の集中力を発揮するのだ。スーパーの栄枯盛衰は、バラエティー刺身にあると言ったら大袈裟だろうか?
                                      
                                                                                                                             (完)

脱稿日: 2016/08/16.424
 
    

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