2017/12/22.362
ビューティフル 伊豆
「あのさ、映画やテレビのドラマでさ、役者が泣くシーンがあるだろ？あれって、どうやって涙を出してるのかねえ？目薬か何かを差してるのかなあ？それにしても、カメラはずっと動かないでいるし、しかもアップで写してるよ」
難問を持ち出したのは、気心が知れた私と同年配のボランティア仲間である。
活動を終え、散会後の二人だけの飲み会での事である。
「さあね。役者に訊いてみないと分からんなあ。だけど、俺は目薬を何か上手い方法で、目に差しているんじゃないかと思うけどなあ？」私が言うと、
「上手い方法って、どんな？」
「それは分からないよ。もしかしたら、な～んだと思うような手があるんじゃないのかな？」
「そうねえ、だけど、役になり切れば涙なんか簡単に出せるかも知れないな。なにせ、プロの役者なんだから」
彼は自説に満足そうに納得したのだ。
「考えてみれば、プロじゃなくても、涙なんかちょっとした事で出せるからね」
「えっ？どう言うこと？そんなに簡単に出るかな？じゃあ、今涙を流せと言われて、あんた出る？」
「出るよ」私がいとも簡単に言ったので、彼は目を丸くしたのだ。
「へえ～？どうやれば出るのかね？」
「歌を唱えば出るよ」
「へえ～？なんか悲しい歌でも唱うのかい？」
「いや、悲しい歌じゃないよ。誰でも知ってる歌だよ」
「へえ～？何の歌だろう？」
「サンタルチアさ。誰だって知ってる歌だろ？」
「イタリアのナポリ民謡だろ？俺だって知ってるよ」
「そうだろ。俺は何時もサンタルチアを口ずさみながら、サイクリングしてるんだよ」
「へえ～？で、唄うと直ぐに泣けるのかい？」
「いや、泣けない。ある箇所を唄うと自然と涙が出て来るんだよ」
「へえ～？」彼は不思議そうな顔で、私の顔を覗き込んだのだ。
「サンタルチアの歌詞を知ってるかい？多分知らないだろうな」
「知らないなあ。メロディーは知ってるけど、歌詞はサンタルチアしか知らないなあ」
「じゃあ、堀内敬三が訳した歌詞を教えてあげるよ。一番だけ唱えば涙が出るから、二番以降は省略するよ。俺もいい加減にしか覚えてないから。月は高く 海に照り 風も絶え 波もなし 月は高く 海に照り 風も絶え 波もなし 来よや友よ 舟は待てり サンタルチア、サンタルチア 来よや友よ 舟は待てり サンタルチア サンタルチヤ なんだよ。繰り返し唱えば良いから簡単なのさ」
「へえ～？じゃあ、涙が出る部分って何処なのさ？」
「そう、来よや友よ 舟は待てりと言うくだりを唱うと涙が溢れて来るよ」
「へえ～？涙が溢れる？ホントかね？だけど、何でそのくだりなのよ？」
「俺にも良くは分からんけど、昔、鎌倉の海で偶然会った人と意気投合して、しばしばヨットに乗って遊んだんだよ。それ以来仲良くなって、今は無二の親友になっているので、当時を思い出すからだと思うよ。それにしても、この文句は泣かせるんだよなあ」
「へえ～？当時と言うと？今、彼はどうしているのかね？」
「リタイアした後は、自然を求めて奥さんと二人で伊豆に越してしまったんだよ。だから、滅多に会えないので、思い出すと涙が出るんだと思うよ。もう、二十五年以上の付き合いなんだよね」
「へえ～！俺にはそんな友達はいないから涙は無理だな。で、彼はどんな人なんだね？」
「彼は冒険野郎で、若い頃、コセコセした狭い日本に嫌気が差して、単身移民船でアメリカに渡って、その後、長い間カナダで働き、帰国して日本でも働いたから、カナダと日本の両方から年金を貰っている人なんだよ。心の広いナイスガイで俺にとっては心の友なんだ」
「へえ～？そうだったのか。それじゃあ、思い出して涙が出るのはしょうがないか。あはは！」
「そう、だから、来よや友よ舟は待てりと言うくだりは、当時、ヨットを出す前に、彼が来るのを待った状況とそっくりなんだよなあ。だから、懐かしくて涙が出るんだよ、きっと」
「成る程、そうだったのか。サンタルチアはメロディーも良いし、何しろ名曲だからね」
「そうね。最近は替え歌を作ったので、自作の歌詞で口ずさんでいるよ」
「えっ！自作の歌詞だって？あんた詩を書くのかね？」
実は、下手糞ながら、自作の詩で口ずさんでいるのは事実である。
「でも、あんたが作った詩には、来よや友よなんて言うくだりは無いんじゃない？」
「勿論、同じ文句はないさ。でも、替え歌でも充分泣けるよ。やっぱり、メロディーが良いからなんだろうね。あはは！」
「そうか、今度あんたの書いた詩を読んでみたいな」
「いやいや、作った俺も全部覚えてないんだよ。俺は音痴だし譜面も読めないから適当に口ずさんでいるだけさ。それに、下手くそで人様には見せられない物なので勘弁してや」
とは言え、自作の詩を友に送り、喜んで貰おうとしたのは事実である。
友は私より五才下の器の大きい足るを知る人間で、教えられる事は多い。私のような小人(しようじん) に、限りない友情の火を灯してくれている彼に、感謝の言葉も見つからない。
これまでの私の人生で、一番充実していた舞台は間違いなく海である。私のホームページ「マンボウの作文」のトップページに書いた「友情、勇気、感謝、自信」のすべては、彼をはじめ海の仲間から得られたものなのだ。
作文も詩作も私の苦手な作業である。青年期に書いた詩はそれほど多くない。
そのうちの三編に、遊びでプロの作曲家とコラボして、曲を付けて貰ったことがあるが、詩を書いたのはその時以来で、進歩がまるで無い事を確認した次第である。
私の稚拙な詩を、サンタルチヤの譜面に合わせて唱うのは、至難の業に違いない。
タイトルにある「ビューティフル伊豆」を繰り返すサビの部分は字足らずなので、歌の上手な人のテクニックに頼らざるを得ない。歌い方によっては、彼もまた涙を流すかも知れない。
ストーリーを語らずして、この詩を理解出来る人はいないだろう。
一番は、彼が伊豆に越した後、夢の中で夏の海で何時ものように彼とヨットを出して遊び、夢から覚めて見回すと友はいない。彼の友のいない現実に直面する。
二番は、明かりが消えたように、友のいない現実が如何に虚しいことか、伊豆にいる友を想い馳せながら、一人で淋しく帰るところ。二人で遊んだ夏の海で、何時か会えるという期待。
三番は、なかなか会えない中で、若い頃、私が抱いた多くの夢が次々と消え、今は友に教えられた足るを知る境地になり、友と同じ価値観で生きる自信が付いた事。
四番は、友情が死別という悲しい現実で終わるところ。伊豆の自然に囲まれた砂浜を、思う存分駆けて、悲しみに耐えて欲しいという私からのメッセージ。
三番と四番のラストを「ヒューマン ラブ オブ ユー」としたのは、彼の比類なき人間愛を唱いたかったからである。
ビューティフル 伊豆 （作詞・マンボウ）
一、夢に浮かぶ 白い小舟
波は崩れ 溶けていく
君と遊ぶ 淡い海よ
遙か遠く かすむ島
醒めてみる 君はいない
ビューティフル 伊豆
スプレンディド マリン ブルー
醒めてみる 君はいない
ビューティフル 伊豆
スプレンディド マリン ブルー
二、君は知るや 消えた明かり
虚しさを 胸に秘め
紅く染める 入り日背に
日が暮れて 一人帰る
何時か会えん 夏の海よ
ビューティフル 伊豆
スプレンディド マリン ブルー
何時か会えん 夏の海よ
ビューティフル 伊豆
スプレンディド マリン ブルー
三、時は流れ 夢も去り
絶えぬ渇き 今は無し
我に響く 足るる心
君の想い 我に映る
友と生きん 舟はいづこ
ビューティフル 伊豆
ヒューマン ラブ オブ ユー
友と生きん 舟はいづこ
ビューティフル 伊豆
ヒューマン ラブ オブ ユー
四、固き絆 何時か解け
涙あふる 時が来る
広き海へ 君は走る
振り返る 伊豆の山
馳や友よ 白い浜辺
ビューティフル 伊豆
ヒューマン ラブ オブ ユー
馳や友よ 白い浜辺
ビューティフル 伊豆
ヒューマン ラブ オブ ユー
サンタ ルチア （訳詞・堀内敬三）
一 、月は高く 海に照り
風も絶え 波もなし
月は高く 海に照り
風も絶え 波もなし
来よや友よ 船は待てり
サンタ ルチア
サンタ ルチア
来よや友よ 船は待てり
サンタ ルチア
サンタ ルチア
二、 ほのかなる 潮の香に
流るるは 笛の音か
ほのかなる 潮の香に
流るるは 笛の音か
晴れし空に 月は冴えぬ
サンタ ルチア
サンタ ルチア
晴れし空に 月は冴えぬ
サンタ ルチア
サンタ ルチア
三、 愛ぐしナポリ 夢の国
憂いなく 悩みなし
愛ぐしナポリ 夢の国
憂いなく 悩みなし
水夫の歌の 遠くひびく
サンタ ルチア
サンタ ルチア
水夫の歌の 遠くひびく
サンタ ルチア
サンタ ルチア
四 、いざや出でん 波の上
月もよし 風もよし
いざや出でん 波の上
月もよし 風もよし
来よや友よ 船は待てり
サンタ ルチア
サンタ ルチア
来よや友よ 船は待てり
サンタ ルチア
サンタ ルチア
（完）
脱稿日 ：2017/12/20.440