2015/08/22.326

  マンボウの作文

                                                            

                                                             惚けの正体


少し前まで、スマホって何なんだろうと思っていた。今更、人に訊くのも何だしという感じだったのは確かである。その時、素直に訊いておけば良かったのに、本来のへそ曲がりの性格が災いして、そのうち分かるだろうと高を括っていたのだ。
けれど、自然と分かるまでには、かなりの時間を要したのも事実である。妻から携帯電話を持たされるようになった事がきっかけになり、スマホの意味が分かったのだ。

「なんだ、そんな事だったのか。それにしても、スマートだなんて褒め過ぎじゃん」
ガラケーなんて言葉を知ったのも割と最近の事である。
私の携帯はスマホではないからガラケーと言うらしい。ガラパゴス携帯の略らしいが、これでは如何にも馬鹿にされているようなので、先日スマホを持っている人に訊いたところ、日本のガラケーは世界標準から外れ、世界でほとんど普及していない日本独自の機能を進化させて作った優れ物だから、何もがっかりする事はないと慰められた。

そう言われてみると、最近、ガラケーが若干息を吹き返したと言う報道がある。
そうは言うものの、今やスマホは、小学生ですら持ち歩いているのだ。
スマホを取り出して、可愛い指で液晶の画面を横に撫でたり縦に撫でたり、はたまた人差し指と親指を拡げたりして、綺麗な画像を縦横無尽に動かしているのを見ると、
「ああ、俺はやっぱりガラパゴスの生き物なんだ」
疎外感を感じるならまだしも、劣等感に苛まされる事になるのだ。

けれども、ガラケーですらほとんど使わないのに、スマホを持っても、猫に小判だと自分に言い聞かせるには、かなりの努力が必要なのは何故なのだろう?スマホを使っている人からすれば、ガラケーはお爺ちゃん、お婆ちゃんの時代遅れのオモチャくらいしか思っていないだろう。
ガラケーしか使えない機械音痴な人、或いは、ガラケーで済んでしまう文明から取り残されている人と言うレッテルが貼られている焦りのようなものがあるのは間違いない。

先日、私のガラケーが紛失してしまった。
その日は区役所から支給された花苗を植えるため、老体に鞭打って、仲間三人で河川敷や、川沿いのプロムナードに造った花壇の雑草を抜く作業に忙しく、落としたとすれば、深い雑草の中かも知れない。
万が一、悪い人の手に渡った場合を考え、回線の中断手続きをして、同時に警察へ紛失届を出したのだ。

落としたと思われる可能性が高い所は、活動拠点にある物置の中である。
様々な道具や用具が入っているので、一つひとつ片付けながら探したけれど、見つける事は出来なかった。あまり使わないとは言え、携帯を持たない生活は、何かと不便である。
二週間待って出て来なければ、次の手を打とうと考えた。

携帯会社の人は、携帯を紛失した場合、簡単には出て来ないと言う。良い人に拾われればラッキーだけれど、中古の携帯を扱う業者に売られてしまうケースが多いらしい。とうとう、二週間待っても携帯は出て来なかった。
弟に相談すると、ネットショップで適当な白ロムを買って、携帯会社で機種変更の手続きをすれば良いと言う。何々?白ロム?そんな言葉初めて聞いたぞ?
「中古の携帯だよ。白ロム、携帯、それと、携帯キャリアーの名前を入れて検索すれば、ゾロゾロ出てくるよ。その中から、新品同様の携帯を探せば良いじゃん。傷があっても良ければ、安い白ロムが沢山あるからね」

「ふ~ん、白ロムねえ?」スマホとアイホンの違いも分からない私が、白ロムなど分かる筈はない。価格の高い新品は諦めて、弟がネットショップで見つけてくれた未使用の白ロムを、定価の四分の一程度の価格で注文したのだ。
品物はお急ぎ宅急便で明日届くと言う。

翌日の朝、ボランティア仲間から電話が掛かって来た。
「紛失したと言っていた携帯を、今朝物置の中で見つけたよ!」
あーあ、発見が一日早かったら、買わずに済んだのになあ。残念!返品しようにも、白ロムは一応中古の部類だから、返品は受け付けないだろうなあ。
届いた白ロムは、保証書付きの全くの新品である。デザインや色も、前の携帯より気に入ってしまったので、返品交渉はしないで、今度無くしてしまった時の予備として、持っている事にした。

それにしても、私が二回も探して見つからなかった物置で、仲間の人が見つけたとは、一体どう言う事なのか?携帯を見つけてくれた人は、私と同じ年である。彼が探す事が出来て私が探せないのは、妻が言うように、私が惚けてきたからではないのか?
「貴方は探し物が下手ねえ」と、妻から言われ続けていたが、最近は、
「そこにあるじゃないの?惚けたわねえ」と、言われる事が多くなった。

先日も、冷蔵庫を開けて、杏ジャムの小さな瓶を探していた時の事。
いくら探しても見つからない。古い冷蔵庫を新しく買い換えたばかりで、未だ慣れていないとは言え狭い冷蔵庫の中である。見つからない筈はないと、あれやこれや動かして探していると、「ピー!」扉を閉め忘れた時の警告音が鳴った。

「あなた!冷蔵庫の扉を閉め忘れているわよ!」間髪容れず、居間から甲高い妻の声がした。
「分かってるよ、。杏ジャムが見つからないんだよ」
私は、後のことを考えて、素直に白状した。妻は、ここぞ出番とばかり足早にやって来た。
「ほら!、目の前のあるじゃない。惚けたわねえ」
妻は哀れむような顔を見せると、さっさと居間に戻ったのだ。だけど、こんな事って、あるのかしらん?あれほど探して無かった杏ジャムの瓶が、目の前にあるなんて?

携帯電話と言い、杏ジャムの瓶と言い、探し物が下手だと言うだけでは済まない事がしばしば起きる。記憶の糸が途中で切れて、人の手を借りないと思い出せないのだ。もしかして、私が惚ければ惚けるほど、妻は母性本能を発揮して、私を慈しんでくれるのだろうか?何もそこまで卑屈にならなくても良いと思うが、それが現実かも知れないと思うと淋しい。

後日、携帯を見つけてくれた人に訊くと、携帯は物置の正面にある棚の上にあったと言う。
その棚の上には、川掃除に使う道具類がごちゃごちゃと置かれていたけれど、私は二度に亘って隈無く探したので、見つけられない筈はない場所である。
更には、別の仲間が物置に仕舞って置いた長靴を穿こうとしたら、中から携帯が出て来たので、仲間の誰かが落としたのだろうと、何も考えずに棚の上に置いたらしい。それを例の仲間が見つけて私に連絡してくれたのだ。

長靴が黒い上に、私の携帯も黒く、しかも長靴の先の方にずり落ちたので、私が上からちょっと覗いただけでは分からなかったという訳だ。私の撤し切らないいい加減な性格が、惚けの正体だと言えなくもない。
妻に反論しようと思うけれど、論争するだけの気力がない。惚けと見せかけて、妻の母性本能を活用する事にしよう。ほとんど、期待出来ない事ではあるけれど。                                                                                                                                                
                                                                                                                                                                                              (完)

脱稿日: 2015/08/21.405         

                                  
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