2015/04/01.320       マンボウの作文

            


                                 
           
               ちょっと怖い話

我が家から歩いて十分足らずのところに、いたち川という二級河川がある。
自然の景観さながらに環境整備されたビオトープがあって、アシやガマなどの植物が生い茂り、オイカワなどの小魚を狙ってサギやカワセミなどの野鳥が飛来する市民憩いの川である。

ところが、川にはゴミが多い。アルミ缶、ペットボトル、弁当の空き箱、ビニール袋、レジ袋に入った家庭ゴミ、車のバッテリー、自転車など、ありとあらゆるゴミが自然景観を台無しにしているのだ。市民の憩いの川がゴミだらけでは話にならない。
見るに見かねて、川の掃除をするグループが自然発生的に出来た。
今では、市からなにがしかの助成金が支給され、水辺愛護会として活動するまでになった。

私は月に三回、いたち川の掃除に参加している。
ほとんどの人は、所属している愛護会が決めている月一回の清掃日に参加するだけで良いのだが、私は欲張って三つの愛護会に入っているので、月三回のペースになってしまった。
毎日が日曜日の私にとって、月三回のペースは、特に負担というほどの事ではないが、元々が腰痛持ちなので、一回参加すると、翌日から三日くらいは腰が痛くてかなわない。

運良く軽いゴミばかりの時は良いのだが、運悪く重いゴミに出会ってしまうと、余計痛さが増す。けれども、妻の前では痛いとは絶対に言えない。痛いなどと言おうものなら決まって、
「だから言ってるじゃない!川のゴミ拾いなんか、もう止めなさいと言ってるのに、止めないからよ」
我が女房殿の執拗な当て擦りに遭うので、痛くても我慢しているしかない。

先日、その川掃除が行われた。参加者は高齢の人が多く、腰痛持ちや、体力に自信が無い人、何となく水は苦手だという人は、ゴミを拾うための火鋏と土嚢袋を持って、川岸や遊歩道のゴミを拾って歩く。
その日は三月の良く晴れた暖かい日で、川の水嵩(みずかさ)も少なかったので、私は釣り師が穿くような胴長を着用して、川の中のゴミを拾おうと川辺に下りた。

運が悪い事に、初っぱなから、水際にトラック用の大きなタイヤが一個捨てられているのを発見した。エッサエッサと転がし、川沿いの遊歩道に上がる階段を登り、どうにか重いタイヤを所定の場所まで運んだのだ。
タイヤ一つの為に、時間を費やしてしまい、他のゴミを拾い集めて活動拠点に帰った時は、活動を終えた人達が既に戻り、イベント係を任されている男性を中心に、茶菓子をつまみ、お茶やジュースを飲みながら談笑している最中だった。

「お帰りなさい!遅かったね」私が輪の中に入ると、早速、イベント係の男性が、ペットボトルからお茶を紙コップに注いで私に差し出した。
「いやいや、参った、参った。トラック用の重いタイヤを始末するのに時間が掛かってしまったので、遅くなってごめん。タイヤは所定の場所に運んでおいたから、後で台車で運ばないとね」
「そりゃ、大変だったね。誰がそんな物を捨てるんだろうな?」
「う~ん?もしかしたら、どこかの業者かも知れないな?先週、別の愛護会の清掃日に、新品のタイヤが四個、綺麗に包装されたままの状態で、川に捨てられていたけど、同じ人なんじゃないかな?その時のタイヤは普通車の物だったけどね」

私が二週続けて同じ苦労をした事を話すと、周囲から同情の溜息が漏れた。
「ところで、その女の子はどこの子?保護者はいるの?」
私が、テーブルの前で茶菓子を食べている、おかっぱ頭の小さな女の子を指差した。
「ああ、この子?う~ん、通り掛かりの子みたいなんだけど、誰かが誘ったのかな?さっきから、ここで色々お話しているんだよ。ねえ、君!」
イベント係の声で、女の子はこっくりしたのだ。

彼の話では、女の子は二年生だと言う。
「保護者は来ていないので、一人らしいんだけど、いろいろ聞いてみると、住んでる所は、お宅の近くらしいよ」イベント係が私に言うと、女の子は私の顔を見た。
「へえ~、随分遠い所から来たんだね。で、今日は川のおそうじに来たの?」私が女の子に訊くと、
「・・・今ね、このオジサンと解剖の話をしてたの」女の子はイベント係の顔を見た。
「そうそう、この子解剖するのが好きらしいよ。カエルとか魚なんかを解剖したらしいよ。きっと、理科の勉強が好きなんだよね。そうでしょ?」イベント係が女の子に言うと、
「そう、私ね、いろいろ解剖するのが好きなの」女の子は目を輝かせた。
「じゃあ、お父さんかお母さんは学校の先生なの?」
私が訊くと、女の子は黙って首を横に振った。

「じゃあ、お医者さんかな?それとも、何か解剖するようなお仕事してるの?」
「・・・とにかく、私はね、解剖したいの」
女の子は、澄んだ目でイベント係の顔をじっと見た。
「そうか、解剖する事がそんなに好きなんだ!で、今度は何を解剖したいの?」
今度はイベント係が女の子の顔をじっと見た。すると、すかさず、
「人間!」女の子は、顔色一つ変えずに言ったのだ。

未だ、冗談を言えるほどの年ではない。
一瞬、周りにいた人はみんな、固まってしまった。イベント係と私は、思わず顔を見合わせた。二人とも声が出ない。黙って女の子を見つめていた。
周りの人も、もしかして聞き間違えたかと、互いに隣の人の表情を見て確かめ合っている。

「そんな事して、解剖されちゃった人が幽霊になって、化けて来たらどうするの?怖いよ~」
私が言うと、女の子は真剣な眼差しで私の顔を見たが、幽霊がどんなに怖いものなのか、全く関心が無いように見えた。私はこれ以上何も言えなかった。
下手に言って、女の子の異常な願望を助長させるのが怖かったからだ。誰もが、言うべき言葉が見つからないまま、異様な雰囲気が暫くの間続いた。

周りの人の啞然とした顔をぐるりと見回すと、女の子は再び平然と言い放った。
「私ね、どうしても、解剖したいの」
普段は饒舌なイベント係も黙りこくってしまい、何をどうして良いのか分からないまま、ペットボトルを取り上げると、手に持った紙コップにお茶を注いで、一口ぐっと飲んだ。

つい最近、佐世保で、女子高生が同学年の友人を鈍器で殴って殺害し、頭部と手を切断し、腹部を割いて解体すると言う猟奇事件があったばかりである。
その女子高校生も、猫などの小動物を解剖するという問題行動を起こしている。
みんなが固まったのは、頭の中にその事件が閃いたからに違いない。

「さあ、今日の川掃除はこれでお終い。君も早く帰らないと、お母さんが心配するよ」
参加者みんなで片付け終わるまで、女の子はその場に佇んでいたが、イベント係の言葉で、しぶしぶ立ち去ったのだ。話を聞いてくれる人がいる事が余程嬉しかったのだろう。

彼女の人格形成に、今一番欠けているのは、恐らくご両親との意思疎通だろう。女の子の親御さんが、娘さんと充分なコミュニケーションを取るよう願わずにはいられない。
彼女の解剖願望が、杞憂に終わる事を祈るばかりである。
    
                                                                                                             (完
脱稿日: 2015/04/01.399

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