2014/10/08.309
天敵は手強い
デング熱が、今話題になっている。最初の発症者は、代々木公園を訪れた人で、その後次々と患者が発見された。どの患者も代々木公園を訪れていたので、デング熱の発症源として、公園は閉鎖され大々的に消毒が行われたのだ。
デング熱は、デングウィルスを持つヒトスジシマカと言う蚊に刺されると発症する。
日本には、ヒトスジシマカやアカイエカなど、凡そ百種類の蚊がいるらしい。
そのうち人の血を吸う蚊は半数に達する。デング熱を媒介するヒトスジシマカは、一般にヤブ蚊と言って、黒と白の縞模様のあるやや大きめの蚊である。
私が子供の頃は、蚊に刺されたと言うと、ヤブ蚊を指したものだが、実際にはアカイエカなどの蚊にも刺されていたのだろう。
デング熱に罹っている人の血を吸い、他の人に刺してデングウィルスを移すなら、アカイエカなど、他の蚊に刺されて感染しないのは何故だろう？不思議に思いネットで調べてみると、ウィルスはそれ単独では増殖出来ず、他の細胞に取り付きＤＮＡを複製させてはじめて増殖する。
ところが、ヒトスジシマカ以外の蚊では、その段階が進行しないので、現在のところ感染例がないそうだ。
ヒトスジシマカでさえ、デング熱ウィルスに感染して、少なくも四、五日しないと体内でデング熱ウィルスが増殖しないらしい。ウィルスが他の細胞に取り付くには、例えて言えば、鍵と鍵穴が合わないと中に入れないのと似て、ヒトスジシマカ以外の蚊は、鍵穴が合わないと言う事だろう。
代々木公園から発したデング熱は、今や、日本各地に飛び火して、患者も増大の一途である。
我が家にいる蚊の中にも、デングウィルスを持ったヒトスジシマカがいるかも知れないのだ。
庭に出ると忽ち、どこから飛んで来るのか数匹の蚊がまつわり付く。
大抵はアカイエカの部類のようなので安心していると、時々、ヒトスジシマカが隙を狙って刺しに来る。だから、庭の落ち葉を掃いたり、ちょっとした庭の片付けをすると、逃げるように引き返すのだ。
家の中に入る時は、まつわり付いて来る蚊を叩いてからガラス戸を開け、素早く入るけれど、それでも、一匹か二匹は家の中に入ってしまう。
家の中に入ってしまった蚊を退治するのは比較的簡単である。半袖の両腕を突き出して、暫く待っていると、ほとんどの場合再び刺しに飛んで来る。腕に止まって針を刺し暫くしたところで、ぺしゃっと叩けば良い。
たまに、血をたっぷり吸ったメタボの蚊が、重たそうに飛んでいる時があるが、スピードが遅いので、追い駆けて簡単に手で叩き潰せる。
デング熱が話題になってくると、蚊を目の敵にするけれど、実戦となると私の完敗である。
集団で襲う蚊にはとても敵わない。夏の間の私の天敵は、間違いなく蚊だろう。
以前、天敵に一泡吹かそうと考え、或るメーカーの渦巻き蚊取り線香を買ってきた。
物置の中での探し物をしている間、蚊取り線香を体の傍に置いたのだが、あに図らんや、群がる蚊の餌食になってしまった。
それ以来、私の蚊取り線香に対する信頼は、地に墜ちたままである。
ところが、思わぬデング熱の流行で、私は再度蚊取り線香の有効性を確かめたくなったのだ。
先日テレビで、蚊取り線香が蚊に効くのかどうかの実験を放映していた。
五十センチ程の四角い密閉型のアクリルの箱に蚊を入れ、蚊取り線香の煙を吹き込むと、それまで止まっていた蚊が、慌ただしく飛び回るのだ。恐らく、苦しいからだろうが、直ぐには死なず、暫くしてからポトリと落ちる。
成る程、殺虫剤としての蚊取り線香が、蚊に効果がある事が立証されたのだ。
けれども、密閉された箱では、蚊にとっては最悪の条件である。
私が蚊取り線香を使うのは、密閉された僅かな空間ではなく、猫の額ほどの広さとは言え、大気が流通する庭である。箱の中とは比べものにならないではないか。
大気中の蚊がそんなに簡単に落ちると考えるなんて馬鹿げている。器用に煙を避けて飛び回った蚊が、再度逆襲してくるに違いないのだ。
兎に角、もう一度私なりの実験をしようと思い、早速、風の無い日を選んで実験に取り掛かった。
私の実験は至極簡単である。燻らせた蚊取り線香を近くに置くと、半袖姿で庭にしゃがみ込み雑草を抜くというだけの事である。
蚊が死ぬほどの蚊取り線香の煙がなびけば、私の天敵である蚊は、寄って来ないだろうと思ったのだ。
ところがである。何時もの通り、あっという間に天敵に囲まれてしまった。数匹の蚊が煙を上手く搔い潜ると、草をむしっている私の腕に飛び付いたのだ。
良く見ると、ヒトスジシマカではなくアカイエカのようだ。実験材料としては好適である。
飛び付いた蚊は、余程血に飢えていたと見え、取り付くなり私の血を吸い出し始めた。
「なんだ、もう蚊にやられてしまったぞ。やっぱり、蚊取り線香は効果が無いなあ。しかも三匹で血を吸ってるぞ。これじゃ、個体差もへちまも無いな。デング熱に罹らなければ暫く吸わせておくか」
そう思ったけれど、ただで血を吸わせるのは癪に障る。私は蚊取り線香を手に取ると、腕に止まっている天敵を煙攻めにしようと考えた。
夢中で血を吸っている天敵に煙りが掛かり、天敵危うしと思ったけれど、逃げ出した一匹を除くと、二匹は依然として血を吸い続けているではないか。
「あらまあ、この二匹は強いなあ。もしかしたら、効果があるのはヒトスジシマカのようなヤブ蚊だけで、アカイエカには効かないのかも知れないなあ？」
煙攻めが駄目なら、火攻めにしようと蚊取り線香の先端を、一匹の蚊に徐々に近づけてみた。
かなり近づけても、逃げようとする様子が無い。刺した針を抜くでもなく夢中で吸っている。
「なんだ？火攻めにも強いジャン。さすが天敵。それにしても、蚊取り線香しっかりしろ！」
私は更に蚊取り線香を蚊に近づけたのだ。
「あちっ！」蚊と線香の先端との間が二センチほどになった時、迂闊にも線香を持つ手が揺れて、間隔が一センチほどになり、腕に熱さを感じたのだ。
とその時、今まで夢中に血を吸っていた蚊が、突然ころりと腕から地面に転げ落ちたのだ。
煙を大量に吸って気絶したのか、焼け死んでしまったのか分からないが、蚊は敢え無く私の視界から消えてしまった。
実験は充分検証出来ないまま、予想外の結果で終わってしまったけれど、私の天敵が、蚊取り線香の煙を物ともしない事だけは確認出来たと言って良い。
天敵に負けまいとする執念で始めた実験は、蚊取り線香の製造会社には逆風になってしまったけれど、次回は密閉箱ではなく、大気圏での実験で結果を出して欲しいものだ。
蚊は結構頭が良い生き物だと言う事を、証明する結果にならない事を祈るとしよう。
（完）
脱稿日： 2014/10/08.388