マイクロソフト社が、ウィンドウＸＰのサポートを終了すると言うので、このところ、家電量販店のパソコン売り場が多くの客で賑わっている。

サポートが無いと、それまで大事に使っていたパソコンが、或る日突然、危険な道具になってしまうかも知れないからだ。ＸＰが搭載されているパソコンを使っている人達にとっては、迷惑千万な話である。

そんなパソコンにおさらばしようと、連日購買客が情報を求めにやって来るのだ。

今や、ネット通販はスーパーや百貨店の売り上げを上回る規模なので、ネットバンキングが頻繁に行われる。危機管理が希薄になれば、リスクが増大するのはやむを得ないだろう。

けれども、危険だからと言って、利便性を簡単に排除するのは、自ら危機管理に自信が無い事を宣言しているようで、あまり感心出来ない。

ネット通販は危ないと言う巷の噂には惑わされず、普段から危機管理意識をしっかり持ってさえいれば、ネットバンキングを怖がる必要は無いような気がする。ＡＴＭの操作時に隙を見せたり、怪しげなサイトを閲覧したり、不審なメールをうっかり開いたり、無料ソフトをむやみにダウンロードしたりして、まんまと相手の罠に飛び込んでしまうようでは、被害に遭う公算が高いに違いない。

或いは、人を簡単に信用して、まさかと言うような目に遭うケースだってあるのだ。恋人や親友が、一夜にしてハッカーに変身する事だって無いとは言えない。

だから、ネットバンキングは、自らの危機管理意識と相談して使えば良いと言う話に過ぎない。

とは言え、世の中には、巧妙な手口で罠に掛けようとする輩が沢山いるのは事実である。万が一に備えて、ネットバンキング専用の口座を作って、被害を最小にする方策を講ずる方が良いのではないか。

とかく我々日本人は、危機管理意識が低いと思われているので、大金持ちはともかくとして、その程度の意識は持って欲しいものである。

話が逸れてしまったが、マイクロソフト社がサポートを終了すると聞くと、大抵の人は、「すわ、大変！」と思うに違いない。実は、私もそう思った人間の一人である。

「なんでよ～？パソコンに不具合がある訳でもないのに、それじゃ、長い間親友のように付き合ってくれたパソコンを捨てろと言うのと同じジャン！マイクロソフトにそんな権限があるのかね？」

一時はカリカリした私だったが、サポートがない隙だらけのパソコンを使って、万が一、友人のパソコンにウィルスを移したら大変と思い、涙を吞んで新しくパソコンを新調する事にした。

早速、近くの量販店に行くと、パソコン売り場に私と同じように考えている客が沢山いる。多くの店員が忙しそうに応対している光景を見て、私の危機管理意識の低さに唖然としたのだ。

「なんだ！もっと早く来るべきだったな。これじゃ、気に入った商品が手に入るかどうか分からないな。あまりにのんびりし過ぎてたかな？」
寄って来た店員の一人に、あれやこれやと説明して貰った挙げ句、

「じゃあ、このパソコンにしようかな」私が一台のノートパソコンを指差すと、

店員は、胸のポケットから端末を取り出すと、慣れた手付きでいじりだしたのだ。

「え～と、このパソコンは、今在庫が無いのでお取り寄せになります。入庫は三週間後になります」

「そうなんですよ。メーカーに注文して待つしかないんです。ＸＰ買い換えのお客さんのほとんどは、お待ちして頂いているんですよ」

「そうなんです。その中でも、このパソコンは人気がありまして、注文が多いもんですから長く待たされるんです。すみません」

「まあ、いいや。サポートが切れたら、メールとネットは、新しいパソコンが来るまで使わなければ良いんでしょ？」私は自分を納得させるような言い方をした。

古いパソコンには、三週間分の着信メールが溜まっていたが、一つも開かないでいた。

ＸＰのパソコンから送られた汚染されたメールが、あるかも知れないと思ったからである。

今までのパソコンは、色はシルバーグレーだったけれど、今度のパソコンは、赤いプリンターに合わせ、モニターの枠とキーボードが黒色、全体は赤で統一された高級感のあるパソコンで、デスクの色とも良く合って、雰囲気が一変した。

新調したのは良いけれど、それからが大変である。インターネット接続、メールやセキュリティーソフト、ファイルや写真の移行など、やる事が沢山ある。

幸い、新しいパソコンの中には、データを移行させる引っ越しソフトがインストールされている。このソフトを使えば、誰でも簡単に引っ越し作業が出来るらしい。

翌日、その作業に取り掛かった。引っ越しソフトは、移行するファイルのデータだけを引っ越しするだけである。新しいパソコンに、予め、ファイルを作成したソフトをインストールしておかないと、データの移行が出来ない。

ところが、インストールするにも、古いパソコンにあるソフトのバージョンが古過ぎて、新しいパソコンに対応出来ていないのだ。

やむなく、対応している最新バージョンのソフトを買う羽目になり、パッケージ版より、二割以上も安く買えるダウンロード版をインストールする事にした。

ネットバンキングで支払いも済ませ、ダウンロード作業に着手したのだが、速度が遅く一時間経過した時点で、二十パーセントも進んでいない。

普通なら、十分足らずでダウンロード出来るのに、この調子だと、悠に六時間以上は掛かりそうだ。不安になって、一旦ダウンロードをキャンセルしてしまった。気を取り直すと、再度ダウンロードに挑戦したのだ。

就寝時間までには、とても終わらないとみた私は、インターネットにはまっている夜更かし人間の妻に、終了時のシャットダウンを頼んで寝てしまった。

妻の話では、ダウンロードが終了したのは、夜中の三時頃だったと言う。

一本のソフトをダウンロードするのに、延々八時間も掛かるものだろうか？

しかも、そのあと解凍のダイアグラムが表示され、それにも延々八時間費やしたと言うことは、もしかして、ソフトが圧縮されていなかったのではないか？

数日後、パソコンを買った量販店に出向くと、普段から、私が一番信頼しているインド人の若い店員に訊いてみた。

「それはちょっと長過ぎますね。でも、お宅でお使いの回線は一番遅い回線なので、あり得ます」と、はっきり言うではないか。簡単そうに思えた引っ越しソフトにしても、肝心なところでエラーになって、未だにデータの引っ越しが出来ていないのだ。

新しいパソコンに、バージョンアップした新居が出来ても、トラックを運転することが出来なければ、家財道具が運べなければ、住む事が出来ないではないか。

何時になったら引っ越しが終わるのか、それまでの間、新旧二台のパソコンが、私のオモチャになる事だろう。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（完）