2013/04/06.270
無用の長物
どうしても欲しいという訳でもないのに、次々と買ってしまう物がある。 時計やデジカメなどがそうで、幾つもあるので必要ないと思うのだが、新機種の発売や、ちょっとしたモデルチェンジなどがあると、ついつい買ってしまう。
時計にしろ、デジカメにしろ、本来の用を足せば充分の筈なのだが、機能やデザインが、ちょっとグレードアップしただけで、欲しくなるのは私だけではないだろう。
私は、物欲は旺盛ではないと思っているけれど、時計とカメラだけは、数個持っている。
棚の上には、電池が切れて出番の無い時計が何個か転がっているし、チェストの引き出しの中には、とっくの昔に役目を終えた大小五台のカメラが、ジャンク品さながら、ごったに置かれている。
時計は夏用と冬用があり、夏はＧショック、冬はシチズンの薄い時計と決まっている。 カシオのＧショックは厚みがあり、長袖のシャツでは、手首のボタンが留め難いから、半袖になる夏にだけ使う。
その点、極薄のシチズンなら、楽に留められるから冬に使うという具合なのだ。
だから、一年を通して、この二つの時計だけで用が足りてしまう。
使っていない時計は、機能に大差無くても、デザインが少しばかり気に入らないという事があるのかも知れない。 デジカメのデザインはそう変わらないが、一年前と今では、機能や性能面での日進月歩が著しい。新しい機能が組み込まれたり、あらゆる性能が格段に向上している。
つい誘惑に負けて、買ってしまうけれど、使わなくなったデジカメは捨てるに捨てられない。他人に使って貰える確率も低いので、完全にゴミとなってしまう。
ショップによっては、新品を買うと、二束三文で古いカメラを下取りしてくれる店があるけれど、二束三文どころか、二束一文くらいにしかならない。 それでも、下取りして貰えれば、家からゴミが一つ減る事になるから良い。
先日、ズームレンズがセットになっているデジタル一眼レフカメラを買った。以前から買いたいとは思っていたが、重さがネックになって躊躇していたのだ。
だから、衝動買いという訳ではない。
ネットで一番安いショップを探していると、下取りありのコメントがあるショップがあり、価格は最安値ではないが、下取り代を考慮すると最安値になる。
その上、下取りするカメラは何でも良いと言う。 何でも良いという事ならば、早くからゴミだったフィルムタイプのバカチョンカメラや、 時代遅れも甚だしいコンパクトタイプのデジカメがある。
昔お世話になったカメラを邪険にはしたくないが、自分の手で始末出来ないでいるゴミを、一つでも減らせるなら、それに越した事はない。
ゴミをリサイクルして、欲しかったカメラが最安値で買えるなんて、願ってもない事ではないか。
そう思って、私はフィルムタイプのバカチョンカメラを下取りにして、一眼レフのデジカメを買ったという訳である。
そうして買ったカメラで、私は一体何を撮ろうとしているのだろう？
実を言うと、何かの目的があって買ったのではない。買いたいとは思っていたけれど、確たる目的は無かったのだ。
安いコンパクトデジカメではなく、レンズ交換が出来る少々高価な一眼レフのデジカメなら、生来の飽きっぽい性格でも、そう簡単には放り出さないで、無理にでも目的を作るだろうと思って買ったのだ。
買ってしまえば、自分で何とか使い道を探すだろうという甘い考えからである。
それに、カメラは学生時代に、一度は夢中になった趣味である。カメラオタクとまでは行かないが、一晩中、暗い押入れの中で、現像や焼き増しに没頭したり、カメラ雑誌に投稿したりした経験もあって、カメラには少なからず思い入れがある。
そのせいか、コンパクトデジカメでは、何となく物足らない。今のコンパクトデジカメは、画素数が多く、機能も充実しているので、一眼のデジカメとそれほど変わらないが、レンズを交換して、自分なりに納得出来る写真を撮ったりする事が出来ない。
我が家の近くにある川に行くと、沢山のアマチュアカメラマンが、重い望遠レンズを付けたカメラを三脚台にセットして、カワセミを撮ろうと待機している光景に出会う。
カワセミが魚を捕らえ易いようにと、川の中に止まり木を立て、朝から何時間もカワセミと向き合っている熱心な人達には頭が下がるが、逆にあれほど長い時間を、カワセミのために費やすなら、他にやる事があるだろうにと思ってしまう。
気が短い私では到底無理である。何時やって来るかも分からないカワセミ相手に、お喋りしながら何時間も待っていられない。 カワセミだって、その日の都合で、一日中ねぐらで休んでいるかも知れないのだ。 たとえ、やって来たとしても、カメラマンが望むような動きをしてくれない事が多い。
川に飛び込んで、魚をくわえて水面から飛び立つ姿や、くわえる魚が一匹だけでなく、何匹もくわえた姿などを狙っているのだろうが、なかなか思うようにはならないのだ。
カメラマンが望むような写真が撮れれば、カワセミだって満足する筈なのだが、そうしたチャンスがなかなか巡って来ない。うっかりすると、仲間とお喋りしている間に、カワセミは一連の動作を完了すると、魚をくわえて飛び去ってしまう。
それでも、カメラマンの執念はプロ並みで、カワセミの飛来を、飽きずに待ち続けるのだ。
血液型性格判断によると、Ａ型の人は、勤勉で持続性があり、優等生タイプということだから、彼等はきっとＡ型なのだろう。
私のようにマイペースで、その上、物事をやりっ放しにする性格のＢ型人間では、カワセミのペースに合わせる事など出来る訳がない。
カワセミは無理だと悟った私は、体が大きく動きが緩慢なコサギやカルガモをターゲットにしたものの、あまりに簡単に撮れてしまうので、ちっとも感動がない。
新調したカメラで、テスト代わりに撮影する人には格好の被写体なのだが、カワセミと違い、ここらでは、何時でも撮れるありふれた被写体とあって、カメラを向けている人は、
ほとんどいない。
撮ったとしても、コンパクトカメラには無い、一眼レフカメラ特有の「カシャッ！」という小気味好いシャッター音に感動する程度の収穫しか得られないのだ。
それでも、買ってしまえば、何とか使い道を見つけ出すだろうと思ったカメラを、そう簡単にはお蔵入りにはしたくないという気持ちが強い。
野鳥が駄目ならと、次に目を付けたのは花である。花なら、撮影時間のロスもないし、雌しべや雄しべが、はっきり見えるような花のクローズアップ写真を撮って、妻の機嫌を取る漢方薬的な小道具にしようと考えた。
だがそれも、今のところは何の進展もない。
「カシャッ！」「カシャッ！」深夜、静かな部屋で小気味好いシャッター音が鳴る。
テレビの画像に向かって、シャッターを押している馬鹿な男がいる。 この男には、一眼レフデジカメの機能や性能はどうでもよく、レンズさえ要らないとしか思えない。カメラはシャッターだけあれば用が足りるとは、何ともはや、情けない話ではないか。
「お前さんには、一眼のデジカメは無用の長物だから、早いとこ売り払って、つまらない煩悩を絶ちなさい」
何処からか、そんなお坊さんの声が聞こえて来た。タハッ〜！
（完）
脱稿日： 2013/04/06.350
