2012/12/25.261
おっと、それは無いだろう
ほうれん草や餃子、ミルクや水産物など、今、中国産の食品が危ない。
砒素あり、硫化水素あり、残留農薬あり、聞いた事もない毒ありと、ありとあらゆる危険な物質が入った食品が氾濫している。
だから、中国の人達は、野菜や果物は食べる前に、専用の洗剤で洗うのは常識らしい。
洗剤で洗うのは衣類だけだと思ったら、食品まで洗うとは主婦の仕事も大変だ。
先日、妻が冷凍餃子を買って来た。
「その餃子は中国産じゃないだろうね?」私が訊くと、
「中国産じゃないわよ。だって、ヨーカドーで買って来たんですもん」
「ヨーカドーだって、中国産はあるよ。良く見て買って来た方が良いよ」
「字が小さくて見えないわよ。中国産であろうとなかろうと、どうでも良いんじゃない?」
「どうでも良くないよ。中国の餃子は何が入っているか分からないから、危なくて食べられないよ」
「あらそう、でも、誰かさんは、もうそんなに先が長くないんだから」
「おい、おい、それは無いだろう。先が長くないなんて」
「だって、ほんとだもん」妻は、ハハハッと笑った。
妻の言う先って、何年くらいを想定しているのか分からないが、いきなり面と向かって言われると、正直がっくりする。 いくら夫婦とは言え、少しは遠慮があっても良いと思うが、それが無いのが妻らしい。
妻の思考回路は単純明快で、グレーゾーンの回路が無い。その上、些細な事は気にしない性分だから、平気で物を言う。良く言えば大人、悪く言えば無神経。
相手の反応が予想外だと、最後に「アハハッ!」と笑って誤魔化してしまう。
「ほんとだもん」はホントかも知れないが、そう簡単に決め付けられると、私だって意地があるから、
「おっと、それは無いだろう」と、反発したくなる。
けれども、言われてみれば、私も七十三である。先が長くないのは妻の言う通りである。
日本男子の平均寿命は七十九才だから、妻が私の寿命を、平均以上には考えていないとすると、最長でもあと六年しかない。 私にとって、六年なんて無いも同然である。死ぬまでに、解決しておかなければならない事が、山ほどあるが、そのどれもが、解決の糸口すら見つかっていないのだ。
私はかねがね、自分の寿命は七十五才くらいで終わるだろうと思っている。 根拠になるものは何も無い。
ただ、私の父親が八十才で亡くなったので、取りあえず、私も八十才までは生きられるだろうと期待しているだけの事で、それが根拠と言えば根拠である。
けれど、何の持病も無くすこぶる元気だった父親と比べ、私は早期の胃ガンで、胃の三分の二を切除している。当然の事、胃の機能は三分の一しかない。充分に消化されないままの食べ物から、栄養を摂取しなければならない体の負担は大きいのだ。
だから、五年と言うハンデを勝手に作って、寿命を七十五才としたのである。 だとすると、私の寿命は、あと二年しかないと言う事になる。妻が、先がそう長くないと言うには、充分な根拠があるではないか。
妻は、私の七十五才仮想寿命など知る由も無いから、平然と言ったのだろうが、知っての上で言ったとしたら、五年のハンデどころか、私はたちどころに心臓発作で死んでしまうだろう。
私の寿命は妻の放言一つで、長くなったり短くなったりするとは言え、七十五才までは何とか生きられると思っている。膵臓にヘンテコな腫瘍が一つ潜在しているのを除けば、特に命に繋がる病気は持っていない。腰痛やバランス感覚の衰えは、老化だから仕方ないとしても、脳梗塞や心筋梗塞など、突然襲われる病気には対処の仕様もない。
実は、父親は脳梗塞、母親は心筋梗塞が引き金になって命を落としている。
同じ轍を踏むのは嫌だから、私は朝起きたら、必ずマグカップ一杯の水を飲む事にしている。夜間寝ている間に、ドロドロになった血液を、水で薄めてサラサラにしてやる事で、
七十五才仮想寿命を、一才でも良いから引き延ばそうとする魂胆があっての事である。
いずれにしても、あと二年しかない命ならば、今迄何かにつけ、我慢して来た事を止めて、やりたい事、行きたい所、買いたい物、食べたい物、その他何もかも、思う存分自律の枠を取り外してみようと考えた。
そうは考えたものの、はて、やりたい事って何だろう?
世の中には男と女しかいないから、やるなら愛人を作れと言う人もいるけど、女房一人満足に扱えない男が、間違っても、老いらくの恋など出来る訳がない。じ
じゃあ、買いたい物って何だろう? 電気自動車か、それとも電動アシスト自転車か?
デジタル一眼レフカメラか? 高級ブランド時計か? 電動リクライニングチェアか?
車は今あるガソリン車で充分だし、電動アシスト自転車を使うほど、老化はしていないと断言出来る。時計は安物がゴロゴロあって、ブランド物など私には返って迷惑である。
電動リクライニングチェアは、大手の電気量販店に行って、客を装えば何時でも使える。
デジタル一眼レフカメラは、ネットショップのお買い物カゴに入れても良いけれど、果たして必要性はどうだろう?そんな高級なカメラで、一体何を写せば良いのだろう。
行きたい所って何処だろう。復興に役立つなら、東北の被災地を旅してみたいが、果たして悲惨な現場を正視する事が出来るだろうか?
私の食べたい物って何だろう? ミシェランの三ツ星レストランで、フランス料理のフルコースを奢るから来いと言われても、私は行かないだろう。
私の食べたい物は、カレーライスやナポリタン、五目焼きそばや焼きトンだから、三ツ星レストランのメニューに無い物ばかりである。
そう考えると、今まで我慢してきた事など無く、結構自由気侭に生きて来た事になる。
結局は、自律するどころか、何もする事なく今と同じ生活が、あと二年間続き、運命の七十五才を迎える公算が高い。やれやれ、こんなんで私の人生は終わってしまうのか?
少々焦ったのか、私はまだ替えなくても良いプリンターや、大して役にも立たない高圧ジェット洗浄機、安物の加湿器や電気毛布などを買ってしまった。
昨日はまた、ただ単に持ってみたいと言う程度の事で、某カメラメーカーのサービスセンターまで出向き、高価なデジタル一眼レフカメラを、あれやこれやといじくり回したのだ。
「もう、そんなに先が長くないんだから」と妻に言われた事で、ちょっとした心の乱れが生じたに違いない。
定年退職した男性が、万引きしたり、猥褻行為に走ったり、下着泥棒を働いたり、ご近所トラブルを引き起こしたりするのは、案外、妻のちょっとした言動に端を発しているかも知れない。
人生を焦ってはいけないと思うが、あと二年の寿命と決めた人間に、
「もう、そんなに先が長くないんだから」などと言われて、泰然自若と構えて居られる人間は少ないだろう。
それにしても、妻の一言で慌てて、詰らない買い物をするなんて、あと二年の命しかない人間のやる事ではない。
とは言え、デフレ脱却に一役買ったとしたら、満更、自嘲すべき事でもないだろう。 凡人には凡人の役目があって、世の中が回っている。凡人恐るべし。
(完)
脱稿日: 2012/12/24.341
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