2012/05/14.244
テレビ通販
ジャパネットたかたは、今や、テレビの通販では、ナンバーワンの企業である。社長自らテレビに出演し、社員と一緒に口から泡を飛ばして商品を紹介しているので、茶の間の子供達にも、すっかりお馴染みの顔になっている。
家電製品なら、同業他社には絶対に負けないと言う自負が顔に表れているので、テレビを見ている視聴者は、ついついその気に乗せられるのだ。
街の中小企業の社長ならいざ知らず、業界最大手の社長が、自らテレビで宣伝するなんて、今まであっただろうか？普段、我々が抱く社長のイメージは、ビルの一角にある落ちついた感じの社長室で、部下から提出された書類を決裁するだけで、自ら社員と一緒になって、現場の一線で働くなんて事はしないだろう。
余程の目立ちたがり屋か、余程、仕事熱心な人間にしか出来ない事である。 ジャパネットたかたの社長は、その両者の気質を持ち合わせているように思う。
社長の売りは、一度聞いたら忘れない彼の高い声である。あの尋常でない高音は、一体何処から出るのだろう？意識的に出したとしても、とても真似が出来るものではない。
居間のテレビから社長の声が流れると、妻は、包丁を片手にして台所からのっそり現れるのだ。
「ジャパネットの社長じゃない？声で直ぐに分かるわ」 そう言うと、テレビの前に釘付けになる。
機械音痴の妻には、社長の製品説明は分かり易いし、何よりも、頭の天辺から抜けるような社長のキーキー声が面白いのだろう。緩み切った顔付きで、ニヤニヤしながら見ている。
妻の場合は、まるでお笑いタレントを見ているような感覚だから、社長の熱弁が空振りに終わるけれど、視聴者の中には、社長の巧みな話術に、マインドコントロールされる主婦もいるに違いない。
購買意欲を掻き立てるような話し方は、新興宗教の教祖の説法みたいなものだろう。
だから、視聴者に冷静になれと言っても無駄である。
視聴者をフラフラにさせてから、最後に声のトーンを一段と抑えると、商品の価格を小さな声でポツリと囁くのだ。「２９，８００円！」さも、
「内緒で貴方だけに教えますが、どうです？安いでしょ？」 と言わんばかりのプロポーズ式説法に、
「わぁ〜、安い！」と、フラフラになった視聴者が歓声を上げる。
女性の弱点を、実に心得たやり方ではないか。
「あら！なんて安いのかしら！あんなに沢山の付属品を付けてもあの値段よ。信じられないわ」
急いで、価格をメモ書きする人もいるのだ。
ましてや、限定２００名様などと言われると、パニックになって、慌てて電話する哀れな主婦がいないとも限らないのだ。２００名はおろか、売るほど在庫を抱えているにもかかわらず、素直で機械音痴のか弱き女性を、暗示に掛けるなんてと思うけれど、そこはテレビ通販の手口なので仕方ない。
私は常日頃、インターネットのサイトで価格をチェックしているので、小さな声で囁かれても、そうした人の反応とは逆に、
「なんだ！高いじゃないか。もっと安いショップがあるのにさ」で終わってしまう。
ジャパネットたかたの社長は、所詮、私のような偏屈者は相手にしていない。 素直で、暗示に掛け易く、家庭の財布を握っている主婦を、ターゲットにしている。
商品を説明するだけではない。カラオケセットを売る段になると、自らマイクを握って、歌ったりしている。ちょっと、やり過ぎだなあと思っても、彼の真面目さが見方して、嫌な印象は与えない。まさに、社長の独壇場である。
先日、何気なくテレビを観ていると、ジャパネットたかたの通販が始まった。
社長を真ん中にして、右手に男子社員、左手に女子社員が社長をフォローする形で、次々と新製品を紹介している。
今まで、使い方を充分知らないまま使っていたビデオや、ジカメなどの機能が分かるだけでも、くだらないバラエティー番組を観るより良い。 私が目に留めたのは、電子辞書である。広辞苑を初め、ブリタニカの百科事典や家庭の医学などのコンテンツが、実に１２０冊も収録されている。
音声の機能もあるので、広辞苑に収録されている野鳥の鳴き声が聞けるのが良い。
あの薄い電子辞書の何処から聞こえるのだろう？本物そっくりの鳴き声なのだ。 私はそれを聞くと、社長のマインドコントロールも何のその、即座に電子辞書を買う事を決めた。
電子辞書の型番を控えると、二階に駆け上がり、自室のパソコンを立ち上げた。 価格コムというサイトで、同じ型番の電子辞書を検索すると、案の定、社長が囁いた価格より２５パーセント以上も安く売っている店が、ぞろぞろと画面に現れた。
私が社長の熱弁にも拘らず、マインドコントロールに掛からないのは、このサイトの存在が大きい。
社長から詳細にわたり機能を教えて貰い、ネットショップで買ってしまうなんて、ちょっと可哀想な気がするけれど、元々、私のような偏屈者は相手にしていないので、社長からすれば想定内の事なのだろう。
電化製品の大手量販店であるＹ電気の店舗に行くと、私のような偏屈者が商品を手にして、あれやこれやと店員さんに教えて貰っている姿に会う。
彼等は、店で商品の品定めをして、実際には安いネットショップで買う。こうしたパターンが増えると、量販店は、単にメーカーのサービスセンターとしての役割しか果たせなくなってしまう。
私が興味を持った電子辞書や、多種多様にあるデジカメなどはその典型で、客足はあっても、実際に買う客はあまりいない。
店員さんから商品知識を得ると、製品の型番と価格をメモしてさっさと帰ってしまう。
家に帰ると、ネットショップで安い店を探し、消費者の口コミを参考にすると、躊躇せず買い物カゴに入れる。「満足、満足！」一瞬、顔がにやつくのだ。
だから、量販店からすると、パソコンを扱えない客は、願っても無いお得意さんの筈なのだが、それではパソコンが売れないので、痛し痒しというところだろう。
今、私の手元にネットショップで買った電子辞書がある。 ジャパネットたかたの社長に教えられなかったら、電子辞書に音声の機能があることすら知らなかった。私は罪滅ぼしに、浮いた２５パーセントのお金を充当して、ジャパネットたかたのテレビ通販で、高圧ジェット洗浄機を買ってしまった。
けれども、電子辞書も高圧洗浄機も、さして必要ない事が今になって分かったのだ。
やはり、私も社長のマインドコントロールに掛かっていたのだろう。 あの社長の高い声は、視聴者を暗示に掛ける為の、熟練したパフォーマンスだったに違いない。
私は、一杯喰わされた感じがした。さすが、業界ナンバーワンに成長させた企業の社長は違うなあ。
あっぱれ！
（完）
脱稿日： 2012/05/13.324
