2011/01/28.207            マンボウの作文

 

                        

                     ノロウィルス

ノロウィルスによる嘔吐や下痢が、流行の兆しを見せ始めたと言う。
既に昨年冬期の二倍を超える患者が出ているらしい。 このところ、全く雨が降らず空気が乾燥して、ウィルスにとって、住み良い環境になった事が原因との事なので、天気予報が当たれば当分増え続けて行くに違いない。

ノロウィルスと言う名前からして、ノロノロ流行しているのかと思いきや、その感染力は凄まじいくらい早いのだそうだ。けれど、幸いと言うか、感染しても症状が出る人は、30セントから70パーセントで、あとの30パーセント位の人は全く発症しないらしい。
運悪く発症してしまったら、慌てて病院に駆け込まないで、電話で医師の指示を待ち、症状が治まるまでは、家で安静にしていた方が良いかも知れない。

下手に病院に駆け込んで、ウィルスをばら撒かない方が、病院も余計な心配をしないで済むと言うものだ。
普通の人なら三日程度で、症状が治まるが、抵抗力のない幼児や高齢者、或いは何らかの病気を持っている人は、場合によっては亡くなるケースもあると言う。
だから、ノロウィルスは恐ろしいと言えば恐ろしいけれど、一般的には、それほど危険なウィルスでもなさそうだ。

先日、そのノロウィルスが、感染ルート不明のまま、私の体内に入り込んだのだ。
朝起きると、何となく頭が重い。寝不足かなと思いながら、階段を下り居間に入った。 普段なら、ガスヒーターのスイッチを押し、カーテンを開けて朝の光を取り入れるまでの時間は、ほんの数秒で終わるのに、何時ものように体が動いてくれない。 だらだらと、カーテンや雨戸を開けたところで、異変が起きた。

急にお腹がブツブツ、ゴロゴロと鳴り始めたのだ。何か嫌な予感がしたけれど、何時ものように、ペットボトルからコップに並々と水を注ぐと、ソファに座りゆっくり飲み始めた。
「なんか、お腹の調子が変だなあ。ちょっと頭も重いし、風邪でも引いたのかな?」
私は薬箱から体温計を取り出すと、念の為体温を測ってみた。36度9分である。 私の平熱は36度5分だから、数値はやや高いものの、熱を感じるほどではない。

何時もなら、朝食にトースト、コーヒー、ブルーベリージャムをかけたバナナ入りヨーグルト、野菜サラダ、卵焼きなど、朝食としては、しっかり食べる方だが、その日は食欲がほとんど無い。
水を飲み終わったところで、寒さ対策にはそれほど効果があるとは思えないフリースのガウンを引っ掛けた。
玄関のドアを開け、昨晩妻が用意して置いたゴミ袋を、五軒先にあるゴミ置き場まで運び、帰りに家の前の道路に散らばった枯葉を掃き終えると、再びドアを開け玄関に飛び込んだ。

冷え切った体を温めようと居間に入ったその瞬間、激しい便意をもよおしたのだ。
トイレに駆け込み便座に座るや否や、滝が流れ落ちるような凄まじさで、お腹に溜まっていたあらゆる老廃物が、一気に体外に押し出されたのだ。 これほど凄まじい下痢は、過去にもなかった。
私は昨晩食べた物を思い出そうとしたが、テレビを観ながら食べていたので、カレイの煮付けしか思い出せない。
「他に、何か悪い物でも食べたのかなあ?参ったな」
その時点ではノロウィルスの事など、これっぽっちも頭になかった。 後から起きて来た妻に、お腹の異常を知らせると、私が外食した料理の中に、大腸菌のような菌が混じっていたに違いないと妻は言い張ったのだ。

「だけど、最近外食した覚えはないし、入ったとしたら、何時も行くコーヒーショップくらいだよ」
「そこよ、きっと。だって、ああいうお店って、カップなんかあまり丁寧に洗わないでしょ?だから、不潔なのよ」
もうてっきり、犯人はコーヒーショップだと決め付けている。

科学的な検証もないまま、女、いや妻は、何故こんなにも単純に、結論付けてしまうのだろう?
男なら、何時、何処で、誰と、何を食べたか等々、一つ一つ潰してからでないと結論まで至らない。男が女を羨ましいと思うのは、そんなプロセスは一切無視して一刀両断出来る事だろう。
以前妻に、似たようなケースで、その理由を訊いたら、
「そんなの決まってるじゃない!理由なんかないわよ」と、一蹴された。その時つくづく糞真面目な男の特性に嫌気がさしたものだ。 男が女に勝てるとすれば、それはもう、夢の中でしかないだろう。

「それにしても、酷い下痢だったよ。熱はほとんど無いから風邪じゃないな」
「何時だって、貴方が菌を持ち込むんだから」 話しを方向転換させるテクニックは、妻の卓越した特技と言って言い。だから、極力妻の話しには乗らないようにしないと、泥沼に入り込むのは目に見えている。

「ここ数年は風邪も引かないし、下痢なんかした事無かったのになあ」
「兎に角、菌を持ち込む人は、貴方しかいないんだから気を付けてよ」
「へい、へい!」こんな時、下手に抗弁しようものなら、えらい事になる。
その夜、下痢の一件を弟にメールすると、
「そりゃ、九九・九パーセント、ノロウィルスの仕業だよ。うちの前にある焼き鳥屋の息子が、つい先日ノロウィルスにやられて、病院に連れて行かれたよ。酷い下痢症状で病院に電話したら、否応なく救急車で病院に運ばれてしまったんだよ。兄貴の症状と全く同じだから、間違いなくノロだよ。直ぐにでも病院に連絡した方が良いよ」

成る程ね、ノロウィルスの仕業かあ?そうかも知れないな。まあ、ノロだとすれば、暫くはじっとしているしかないな。病院に行くほどの事でもないと思うけど、家族に感染したら大変だし、さて、どうしたものかな?
その晩は無論の事、夕飯は抜いてお茶だけにした。お腹は依然としてゴロゴロ鳴って、イマイチ調子が悪い。寝しなに用心の為、パンツを八枚枕元に用意すると、早めに床に着いた。

悪い予感が当たり、夜中に七度も起こされたのだ。それも、目が覚めてみると、既にお尻が汚れている。トイレでお尻を洗い、新しいパンツと取替えてベッドに潜り込んでも、一時間もすると、またまた目が覚める。
同じ事の繰り返しが七回あって、やっと朝が来た。

「だから、病院に連絡しろと言ったろ?病院に連絡すれば、看護婦さんが薬とオシメを持って来てくれるらしいよ。 病院では、感染予防にノロウィルスには相当神経を使っているみたいだよ。ノロの感染力は強いから、もう既に家族全員に感染してると思うよ。兄貴はちょっとノロを舐めてるんじゃないの?」
昨夜のドタバタを弟にメールすると、こんな叱責のメールが届いたのだ。

弟の言う通り、その日の夕方から、妻と息子がゲロゲロ、ピーピーやり出したのだ。
これでまた、妻が一刀両断に、磨きをかけるのは明らかである。だけど、妻が一刀両断するに値しないと思うほどズタズタにされれば話しは別である。
そうなるのは何時のことやら?
                                              
                                                                                                                           (完)

脱稿日: 2011/01/27.288


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