2009/06/14.164
ユニクロの店舗
ユニクロは文化を創る
昨今のこの不景気な中、入店制限をする人気店があるのには驚いた。
ラーメン屋のような飲食店なら分かる。テレビのグルメ番組などで紹介されると、食いしん坊がどっとその店に足を運ぶからだ。
世の中が不景気になると食べ物屋が繁盛すると言う。
金の掛かる旅行や贅沢品の購入は避けて、食う量に限界がある食欲を満たすだけであれば、大して金が掛からないと考えるからだろう。
テレビでやっている大食い競争の番組に出る人は例外中の例外で、大抵の人の胃袋は食い放題に目の色変えて挑戦しても、元を取るか取らない程度でゲボッとなるのが普通である。それも代金２，５００円位での話である。
先日、家族三人で横浜中華街に行き、食い放題一人２，５００円のコースに初めて挑戦した。
テーブルを囲んで、いざメニューを開いてみると、食い放題にもルールがあるのを知った。
何でも滅茶苦茶に喰っていいものでもないらしい。皿の料理を食べ残した場合には、別料金を頂く場合があると注意書きがしてある。一種の脅しである。
あまり食べ残されたら、店だって採算が取れないだろう。だから、予め、材料に無駄が出ないようにちゃんと予防線を張っている。
ところが食い放題と聞くとどうしても気が弛む。 故意に腹を空かせていた三人は、メニューにある料理を手当たり次第に注文してしまったのである。大きなどんぶりに入ったコーン・スープが早々と運ばれた。
実はこれが大失敗で、致命的な誤りを犯した事が後で分かったのである。
コーン・スープの量がやたらと多くて、いくら飲んでも一向に減らない。 ルールの事が頭にあるから残さないように無理して飲んだのがいけなかった。私の胃袋のかなりの部分をスープが占める事になったのである。
妻と息子はルールの事など何処吹く風と、次々と運ばれる皿に片っ端から箸をつけている。
胃癌の手術で普通の人の三分の一に縮小した私の胃袋では、元を取るなどとんでもない話で、鳥の唐揚げや酢豚が出て来た頃にはもう完全にギブアップとなった。
腹が張って気分が悪くなった私の目の前で、息子が追加の唐揚げを注文した。
料理の味にうるさい妻がなんだかんだと難癖付けながら、パクパクやっているではないか。
胃の手術前なら考えられない事で、何時だって私が一番喰っていたのである。
話が大分逸れてしまったが、冒頭の人気店の話に戻ろう。入場制限をしているほどの人気店は、言わずと知れたあのユニクロである。
ユニクロはここ一、二年で全国に何百店舗を持つ大企業に成長した。
フリース素材を使った上着は安さとその色の豊富さですっかり若者の購買欲を独占した。次々と開発される廉価な衣料品はスーパーやデパートの脅威になった。
同じような商品はユニクロの値段に合わせて設定され、完全な競争原理が確立されたのである。
消費者は万々歳なのだが、スーパーやデパートは利益が極端に減って苦戦の連続になった。先日私もユニクロの製品を試しに買ってみた。
コーディロイの長袖シャツがなんと１，２８０円、棉のタートルネックが１，０００円である。ちょっと昼飯を喰ってもその位は掛かる時世にやっぱり安い。
製品自体も見たところ高級ブランド品となんら遜色ないのである。
ユニクロの戦略のひとつに、外見からユニクロと分かる商標が一切付いていない事だろう。
品質で勝負と言う自信と消費者の自尊心を考慮した商魂が垣間見える。いくら品物が良くても、安さの代名詞みたいなユニクロの商標は消費者に多少の戸惑いを与えるだろうと言う事をも承知している。
若者には抵抗ないとしても、傍目を気にする年配者を取り込むには、自社の商標が障害になると考えたからである。けれども、上着の下に着る物ならば、何もブランド品でなくてもいい。
実は私もそんな卑屈な精神でシャツとタートルネックを買ったのである。 ユニクロが成功したもう一つの理由は、商品選択の自由を完全に消費者に委ねた事だろう。
製品が良いか悪いか、高いか安いかは消費者が決める。 普通は店の従業員があれこれと商品知識を披露して客の購買意欲を引き出そうとするが、ユニクロはそんな事は一切しないし、そんな事が出来そうな訓練された店員もいない。
だから、消費者のニーズに応えるべくお客様相談室もない。
では店員は何をやっているかと言えば、客が手当たり次第に広げた商品を丁寧にたたんで棚に並べているだけである。それを一日中やっている。
商品について何だかんだとうるさく訊いているのは、年配の人だけで、若い人は自分で判断してさっさと買って行くのだ。
私が自分に合うサイズのシャツの袖丈を訊いた時にも、ラベルに記載されているからと素っ気ない返事が返ってきた。
案の定、彼は客が広げてクシャクシャになったシャツをせっせと畳んでいるのである。
入社試験の折り畳みテストで、一番になった人かも知れないのだ。 うっかりして、袖の長さなどつまらない事を訊いては失礼にあたる。
ラベルに印刷された数字が小さくて、年配者には読みずらくとも、そんな事には一向にお構いなしの屁のカッパ接客法である。
ところが、その屁のカッパ接客法が若者には支持されているのだから、売れに売れて仕方ない。休日ともなれば一人で数点の買い物も珍しくなく、レジには長い列が出来る。
いっぺんに沢山の客が入ると、客が広げたシャツを畳む仕事に支障が出るとでも思ってか、入り口でロープを張って入店制限をしている。
若者達は辛抱強く並んで待っているけれど、お客様は神様、仏様と育った私のような年配者は、長い列を見てたまげて帰ってしまう。
仮に辛抱して中に入ったとしても、期待したサービスは受けられないから、結局は若者向けに裁断された窮屈なシャツを買ってしまう羽目になる。
ラベルも碌に見ないで買ってしまった私もそんな被害者の一人なのだ。ユニクロにはユニクロの戦略があって、体の造りが変形してしまった年配者はターゲットにはなっていない事を、肝に銘じた方が良さそうである。
せいぜいシャツをクシャクシャになるまで広げて、店員を忙しくさせ、ユニクロ人気に一役買った方が無難と言うものである。
それとも一念発起して、若者と同じ体型にまで絞り込み、ユニクロにはまってみるのも面白いかも知れない。けれど、私にはそんな気概はないから、ユニクロには二度と近づかないようにしようと思う。
いやいや、私のような野次馬の面倒はユニクロの方で御免蒙るに違いない。 折り畳みの上手な達人達に、余計な仕事をさせたくないと言うのがユニクロの経営方針だと言ったら、
貴方は信じますか？
冗談でしょ、と思ったら、貴方は今の若者文化とは無縁の過去の人である。
（完）
脱稿日： 2000/12/16.
＊ 今はユニクロ以外にも、海外から文化を創る安売り店がぞくぞくと進出して来ましたね。
消費者にとっては良い事ですが、安い価格で採算が合うのかと心配になりますね。
