2009/03/01.149
ｻﾌｨﾆｱ
悩み事
貴方に悩み事があるとしよう。 一人で悶々と悩んでみても解決出来ない場合は、親しい人に相談する事になる。
会社の同僚や学生時代の朋友などから、気の合う人間を探す事になるだろう。
酒場などに誘って相手がリラックスしたところで、 「ところでさ」などと言ったあと、ひと呼吸おいて、
「俺、今ちょっと困ってるんだけどさ。ちょっと訊いてくれる？」などと切り出すだろう。
突然、相談を受けた方は、なんで俺なんかにと一瞬身構えるけれど、自分が頼りにされていると思うと、内心悪い気はしない。おもむろに爪楊枝を一本掴むと口にくわえ、
「なんだ、今日は相談事か。だったら早く言ってくれればいいのにさ。俺もう出来上がっちゃってるからなあ。で、困っている事って何なんだ？」
とか何とか、自分の力のなさを仄めかしながら、それでも一応は相手の期待に応える構えをみせるだろう。
そんな時、
「えっ！俺に相談だって！止めてくれよ。酒飲んでる時はそんな話しは聞きたくないぜ」などと言ったとしたらどうだろう？
まさか、そんな非情な人間はいないだろうが、そう言われた瞬間、相談する方は何故かホッとするに違いない。人に相談すると言うのはよくよくのことには違いないが、自分の力では解決出来ない事を他人に解決させようとする、いわば他人任せのちょっと恥ずかしい行為である。
相談に乗って貰えなかった瞬間に外部に秘密を漏らさずに済むし、もう一踏ん張りする力を与えられたようなものだからである。
ところが実際にはそんな事にはならず大抵は、
「何なんだよ？ 困っている事ってさ？」
相談される方にしてみれば、未だ内容が分からない状況なので、不安が走り、ちょっとばかり酔いが醒めるが、今更逃げ出す事は出来ないし、形だけでも相談に乗ってやれば、飲み代がロハになるかも知れないという浅ましい打算が咄嗟に頭をよぎるものだ。
相談事と言っても、本人の命に関わるような事ではないだろうし、せいぜい職場の人間関係か、さもなくば家庭内のちょっとしたいざこざが原因の、自分とは無縁のつまらぬ悩み事に違いないと考える。
それならば、アルコールの勢いを借りて、適当な事を言えばいいし、言葉に詰まったら、その時点で相手に合わせるような事を言って誤魔化せばいい。
どうせ、満足出来る解決法など見つかる訳はないのだからと、自分に言い聞かせるしかないのだ。
一番困る相談事は、金銭の貸し借りである。金を貸してくれと言われた瞬間、誰もが血の気が引くようなショックを受けるだろう。 今まで親友だと思っていた人間が、全くの赤の他人になったような感じがする。独身の頃の金の貸し借りと違い、家庭を持ち、子供もいる人間から借金を申し込まれる程辛い事はない。
どんなに困っても、自分にはとても出来ない事だと変に感心したり、随分計画性がない奴だなあと同情したり、なんだか複雑な気持ちになる。
だから、金を貸す場合は、余程理にかなった説明がなければ、貸さない方がいい。
そうでない場合は、あとに気まずい思いをする事の確率は相当に高い。 過去に金を貸して、返して貰えなかった事があったりすると、頭の中で辛い学習となって蓄積される。
それでも、どうしても貸さない訳にはいかない場合は、自分の懐と相談して支障のない範囲の金額を、無条件であげてしまう方が後腐れがなくていい。
「少ないけど、これ返さなくていいからさ。これ以上は俺の小遣いじゃどうにもならないから、これで勘弁しろよ」
言い終わった瞬間、相手がすっと小さく見えるのは何故だろうか？
あげてしまう事で、経済的損失は免れないが、何時返ってくるか分からない金に未練を残すのは精神的にも良くないし、人間不信に陥る危険がある。
金を借りるなら、公的機関か銀行で借りるべきだと私は思う。どちらにしても、堂々と借りられるし、場合によっては客面しても構わない。尤も、最近の銀行員は商売っ気がなく、すべてが事務的だから客面しても意味がない。
すべてマニュアル通り動いているから、こちらもマニュアル通り動くしかないのである。
けれども、そうした所で借りる事が出来ればそれが一番いい。 無茶苦茶に金利が高いサラ金などで借りる事だけは、絶対に避けたいものだ。悩みが二倍にも三倍にも増幅されると思って間違いない。
私はサラ金で借りた事がないから、何も言う資格はないかも知れないが、サラ金を利用した友人に同行した事があるから多少の事は分かる。
ゴムの木やカポックなどの観葉植物などをあしらい、店内の雰囲気を極力明るくし、客が沢山借りるようにする演出が見え隠れしているのが心憎い。
爽やかなメロディーのバック・ミュージックが店内を流れ、ニコニコと応対する女性は全員が明るい空色のワンピースに身を包み、お茶などを出してくれる。
勿論、同行した私も同じ待遇を受けるのだ。
和やかでアットホームな雰囲気は、銀行の固い雰囲気とはまるで違っていたのである。ところが、店側のそうした気配りにも拘わらず、利用客は顔が下向き加減で、何となくオドオドして落ち着かない人が多く、その上元気がなく沈んだ感じに見える。
「ここが俺の最後の相談所なんだ」
顔はそう訴えているようだった。 悩み事を友人や知人に相談出来るうちはいいが、それも出来ないとなると問題である。占い師や怪しげな新興宗教がぐっと身近なものになるからだ。
占い術は論理的な根拠がないので、相談しても気休め程度と思っている人がほとんどで、信じる事を止めようと止めまいと自分の意思次第だが、宗教は周りにいる信者が邪魔をして、止めようとしてもなかなか止められない。
或る宗教に一度は入信した私の知人は、その後に熱が醒めて脱退したけれども、数人の仲間が度々家にやって来て、教団に戻るようにとしつこくつきまとった。
家の周りをおかしな人間がウロウロされると、近所に変な噂が流れてしまい、とうとう引っ越しをせざるを得なくなった。
だから、悩み事は自力で解決しろと言いたいところだが、それではあまりに冷たいではないか。
個人の努力には限界がある事は私自身が良く知っている。 飲み代を弾（はず）むから、誰か私の悩みを聞いてくれる人はいないだろうか？
けれど、最初から飲み代を当てにするような、破廉恥極まりない相談請負人は、私のポンユーだけにして貰いたいものだ。飲み代が嵩めば、悩み事が増えるだけなのだから。
（完）
脱稿日： 2001/06/20.147
