2008/12/14.138
揚州飯店の焼きそば
グルメ時代に何を見るか
今は世をあげてグルメに夢中である。 テレビをつければ、旨いラーメン屋だとか、安い寿司屋だとか、食い放題の店だとか、視聴者の胃袋に刺激を与えるような番組をやっている。
お笑いタレントやテレビ局のキャスターなどがカメラに向かって、
「これは、うま〜い！」等と大層な身振りで叫んでいるのを見ると、思わず喉元をゴクリとさせてしまうが、直ぐに「馬鹿馬鹿しい！」と思ってしまう。
だって、 「これは、まず〜い！」などと言う訳はないから、はっきり言えば、「やらせ」に近い。
それに、人の評価を一方的に押し付けられる事に、視聴者が我慢出来ないからである。
誰だって、本当に旨いか不味いかは自分の口で確かめたいと思うだろう。 あれなどは、通行人や近所の人にも同時に試食して貰った上で、
「これは、うま〜い！」と叫んで欲しいものだ。 演技の上手いタレントや番組を売る立場のテレビ局の人では信用出来ない。
素人であれば、たいして旨くもないラーメンに、
「これは、うま〜い！」等と大袈裟に叫んで、自分の良心を傷付けるような事はやらないだろうと思う。
昔、私はそんなタレントの名演技に騙されて、人気のラーメン屋に足を運んだ事があった。
店の前で、私と同じようなお目出度い人間が行列を作っている。 テレビの影響って凄いなあと思いながら、私も行列の最後に並んだ。
彼等のほとんどは、自分がテレビを見てやって来たお目出度い人間だと言う事を、恥じているかのようで、何となくうつむき加減で静かに待っている。
その店は大通りから一歩入った裏の小道にあって、周囲は住宅が密集する静かな街の中にある。
だから、通りがかりに店に入ろうとする人はおらず、その店目当ての人ばかりなので、いかにもテレビに乗せられた感が強く、余計きまりが悪いのだろう。
互いに顔を見ないようにして早く順番が回ってこないかとそ知らぬ顔をしている。
中には手にした雑誌などを見て、あたかも自分だけは従来からの常連だと言うような顔で、長い行列を時折迷惑そうに眺めている演技の上手い芸達者もいる。
勿論、全部が全部そんな人間ばかりではなくて、浮き浮きした気持ちを正直に顔に出し、自分が番組作りに一役買っていると言わんばかりの顔をしたミーハーもいる。 いずれにしても、皆んなテレビに釣られてやって来た人だから、互いに同情とも軽蔑ともつかない連帯感が心の何処かにある。
「あいつも馬鹿だよなあ。テレビに出たからって旨い訳でもないのに、来やがってさ。わざわざ遠い処から電車賃かけてやって来たんだろうなあ」
そんな気持ちで繋がっているから、ディスカウント・ショップのクリアランス・セールで並んでいる殺気だった行列とは全く違う。
実に淡々と行儀良く並んで待っているのだ。
行列の長さは変わらないけれど、前後を見ると最後方だった私がかなり前方に進んでいる。列の先頭の人は待ちきれず、暖簾を上げ、爪先だって中の様子を眺めている。結局待つ事３０分。
やっと私が店の中に招き入れられた。 店の中央には、交通整理のお巡りさんが乗るような台があって、その上で捻り鉢巻きをしたお兄さんが、汗を拭き拭き入って来た客の誘導をしている。
当然店内は満員だから、一人出れば、一人入れると言う案配である。
こんな活気がずっと続けば経営者はホクホクで、テレビ様々だけれど、儲けた金は何に使うのだろうか？
少しは慈善団体にでも寄付するのかしらん？等と余計な事を考えてしまう。
もうもうと湯煙を立てた調理場では、紺がすりを着た汗みどろの三人の若い男性が、オーバーな身振りで釜の中の湯気ぼうぼうの麺と闘っている。
テレビで放映されたとなれば、誰だって張り切らざるを得ないだろうが、本当にご苦労な事だとやや冷めた気持で眺めていると、
「お待ちどうさん！」背後から大きな声がすると、肩越しに熱いラーメンの丼がにゅっと突き出された。料理は何でもそうだけれど、アツアツの料理を目の前に見た時が最高に幸せになれる時で、食べ始めてしまうと、徐々に感激も薄くなり、食べ終わるころには、
「な〜んだ！この程度の味なのか」と言う事になる。 そこで初めて、テレビに騙された自分の愚かさに気が付くと言う訳である。その時の私も同じで、ラーメンが丼からお腹の中に移されて行くうちに、最初の期待も失せ、カップ・ラーメンを食べる時と変わらない気分になってしまった。
大体、グルメ番組ほど制作費が安く済む番組もないのではなかろうか。 有名な俳優やタレントなど使わずに、局の社員や、仕事がなくアップ、アップしている二流のお笑いタレントを使えば、あとは素人ばかりの番組だから、制作費が安くあがって当然だろう。
主役のお店だってテレビで紹介されれば宣伝効果は抜群だから、どんな無理にも応じてしまうに違いない。だから出演料にしたって、貰えるのか貰えないのか、どうなんだろうと思ってしまう。
宣伝してやるのだからと言って、逆にテレビ局が宣伝料でも取っているのではないかと勘ぐりたくもなる。或いは店の方から進んで宣伝料を払っていたかも知れない。
そうなると、料理が旨いかどうかは二の次で、テレビ収入が期待出来そうな店を優先させて、放映しているのかも知れないな。
テレビ局からすれば、こんな美味い話はないではないか。 どれがホントなのか私には分からないが、とどのつまり、善良な視聴者だけが損をするような気がしてならない。
それでもグルメ番組が衰退しないのは、そうした店に足を運んでおけば、
「ああ、俺、その店知ってる、知ってる！」なんてな事になって、自分が主役になれる事を知ってるからである。経験しておけば、ああだ、こうだとグルメ談義に花が咲かせられると言うものである。
グルメの話題に棘（とげ）はないから無難な会話が楽しめるのだ。 とは言え、このままグルメ番組が増え続けたら、飽食の日本に思わぬ非難が浴びせられる事だってあるかも知れない。
貧しい国の飢えた子供達が、どんな目で飽食日本を見ているかと思うと、グルメに棘がないなどと暢気な事を言ってはいられない。
飢えた子供達に遠慮して、グルメ番組が衰退するような社会でなければならないと思うのは、私だけではないだろう
。
グルメ番組の製作者は、どうかそのあたりをとくと考えて貰いたい。
（完）
脱稿日： 2000/02/26.075
