2008/11/09.133       マンボウの作文                                                                                                                 

                                                                                                  収穫された柿         

                                          電子メール 


メールをやり始めた私のメールボックスに、思い掛けない人からのメールが入っていた。
思い掛けないと言っても、メールを仕向けたのは私だから、驚く事自体おかしな事なのだが、正直言って驚いてしまった。どういう事かと言うと、私のメールアドレスを知らせても、返事は来ないだろうと思っていた人から、意外にもメールが来てしまったのである。
全く期待しなかったと言うのは嘘で、もしかしたらと言う期待があるからアドレスを教えたのに、それがいざ、現実となると嬉しいのを通り越して、少し慌ててしまう。


そんな人からのメールをどう扱っていいのか、戸惑うばかりで喜んでばかりいられなくなる。
電子メールの良いところは、手紙と違って、気持ちをストレートに出せる事である。それに自分しか使わないパソコンなら、秘密が守れると言う利点もある。
とは言え、秘密を持てる程魅力のある人生を送って来なかった私にとっては、パソコンは単なるメールを保管するだけの鉄の箱に過ぎなかったのだが・・・

先日きたメールの送り主は、以前親交のあった若い女性である。 親交と言っても、ヨットを通じて知り合った仲間の一人で、それ以上の何物でもないのだが、感情でしか理解しようとしない妻のやきもちから、否応なしに交流を断念せざるを得なくなった人である。
私が事の一部始終を書いた手紙を出すと、それ以来、彼女からの手紙は途絶えてしまった。

妻の猛烈な嫉妬から、彼女との交流を絶たれて、かれこれ五年になる。
ヨットで単独無寄航世界一周という功績をあげた彼女は、新聞やテレビなどでしばしば取材の対象にされる。先日、顔写真入りで彼女の記事が新聞に載っていたので、久しぶりと思い、私から感想をしたためた手紙を出した。その中で、私の友人である画家の絵を観て貰おうと、彼のホームページのアドレスを知らせ、ついでにと思い、私のメールアドレスも知らせたのである。
思い掛けない彼女からのメールで、以来私のパソコンは、単なる鉄の箱から秘密の箱へと変身してしまったのだ。

それにしても、つくずく便利な世の中になったものだと思う。これで又、誰にも邪魔されずに、海の仲間と親交を結ぶ事が出来る。 妻が嫉妬したのは、たまたまその仲間が女性であり、私達夫婦から見ると娘のような年齢だったからである。
まさかそんな事で、妻が嫉妬するとは思わなかった私の判断が甘かったのは否定出来ないが、 それよりも、妻にそれだけのエネルギーが残っていた事に、私はびっくりしてしまったのである。
けれども、パソコンでポソポソと彼女とメールのやり取りをしている分には、未だ温存しているかも知れない妻のエネルギーを、二度と爆発させないで済むと言うものである。

彼女のメールに私が返信すると、翌日再び彼女からメールが届き、遅ればせながら私にも魅力ある人生が、誕生してしまったと言う訳である。
今は三十路を過ぎた女性とは言え、メールの内容ははしゃいだ子供のようで楽しいものなのだ。本当は妻にも見せてやりたいのだが、そんな事をしたら眠っているライオンを起こす事になる。
私が思うに、結婚生活に失望する人の多くは、夫婦間に秘密がない事が原因だという事に気が付かないからではないか? 秘密を持たずに何でも話し合うと言う夫婦もいるけれど、それは話しの内容が愚にもつかないものか、或いは向上心を忘れた者同士の結婚だと言ったら言い過ぎだろうか?
それだけの結婚生活で満足したとすれば、何の為の夫婦なのかと疑ってしまう。

秘密を持つと言うと、一見穏やかでないと思う人もいるかも知れないが、そんな事はない。
秘密を持つ事で、逆に心穏やかになれるような気がする。 どんなに釈明しても秘密は秘密だから、何となく後ろめたい気持ちがあるのは事実だけれど、それをカモフラージュしようとする努力が意外にも良い結果をもたらすのである。 愛人を囲っている男が家庭では良い亭主だったりする事は良くある事で、知らぬは女房ばかりなりと言う事になる。

私の場合はそんな大それた事ではないが、気持ちが浮き浮きして、時には不機嫌な女房にも内心では、
「なんだ、なんだ、もっと不機嫌になってもいいのにさ。ほれ、ほれ!」
なんてな具合で、変に寛容な自分を発見する事になるのだ。 夫婦だからと言って何でも打ち明けてしまえば、妻を傷付けるかも知れず、ましてや、誤解を生じた時の葛藤を処理するエネルギーは想像を超えるものがある。 それに、妻の尊いエネルギーをつまらぬ事で使って欲しくないし、私とて向上心をなくすほど、人生に希望を失いたくはない。

私の場合、彼女から来たメールはパソコンという箱の中にあるから、妻が見てしまう心配は皆無である。そう思って、私がメールをやり始めた事は、妻には話さないでいたのである。
けれども、安心ばかりしてはいられない。 手紙なら自分で切手を貼って投函すればいいが、電子メールは使用料が電話代に跳ね返るから油断はならない。

年金生活に入った時点で、妻の経済観念に大きな変化が起きているのだ。 それでなくとも、元々倹約家の妻が、家計の見直しみたいな事をしきりとやって、溜息をついているのを何度も見ているし、その槍玉に上がっているのが電話代だったからである。

彼女自身一番使う電話代をチェックするのは、自殺行為のように私には思えるが、自分の事は棚に上げると言う女の特性をフルに発揮して、目くじら立てるのは、私がよく使う電子メールやファックスである。
私の友人や海の仲間は遠距離に住んでいる者が多いので、電話代も高くつく。 今では電話局に調査を依頼すれば、使用明細も教えてくれるらしい。 だから、電話代の請求書を見て妻が溜息をつかないようにしないと危険である。 便利な世の中になったなどと、喜んでいると飛んだ目に遭う可能性がある。

そうならないように、妻より先に私が請求書をチェックして、万一の場合の対策を練っておく必要がある。
この頃では、妻のように自分の事は棚に上げるような図々しい事が出来ない私は、妻が請求書を手にするだけで、ヒヤヒヤ、ドキドキの体たらくである。 以前のような浮き浮きした気持ちは最近なくなりかけている。

パソコン音痴で電子メールの事などチンプンカンプンだった妻が、最近では数社の電話会社の料金比較に熱を入れだしたのである。 通話料が滅法高い携帯電話を妻が購入したからであるが、私にとっても危機的な状況になりつつある。 通話料の値下げ競争もいい加減にせいと叫びたい気持ちである。
と案じながらも、今日も夫婦円満を約束してくれる彼女からの電子メールを待つとしよう。 けれども、妻のチェックが厳しい昨今、こちらからのメールは極力控えねばならぬ。「む、むっ!」                                  
                                                                                                             (完)
                                                                                                                     
脱稿日: 2000/11/20.115

* 今は電子メールは使い放題の時代ですが、以前は使用時間で料金が設定されたコースに入っていたので、時間が超過しないように気を配ったものです。
          
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