2008/09/30.127       マンボウの作文                                                                                                       資料館

                                                                                                  

                                         真 相


先日、私は目から鱗が落ちる思いをした。家の近くに税金の無駄遣い(少なくも最近まではそう思っていた)と思えるような、とてつもなく大きい公共の資料館がある。表向きは地球環境をテーマにした資料館で、建物の前方部に地球をかたどった巨大なアルミニューム製の屋根がついている。
館の中央はドーム状の吹き抜けになっていて天井には五大陸の地図がデザインされたモダンな造りの資料館である。資料閲覧室や各種の展示室、それに講演やコンサートが出来る大小のホールなどがあり、公共施設としては一級品の建造物なのである。

完成した当初は、訪れる人もまばらで、私のような退職者が暇を弄んで一人で、ブラブラと来るような施設だったけれど、近頃では、色々なイベントが行われるようになった。
その資料館で平和のための戦争展と言う企画があった。日中戦争から第一次世界大戦にかけて、歴史の真相を知るためのドキュメンタリー・ビデオが上映されていたのである。

私はかねがね南京大虐殺の事件に興味を持っていた。十万とも、三十万とも言われる中国人が日本兵に殺されたのは本当なのだろうか?いくら戦争とは言え、おとなしい日本人にそんな残酷な事が出来る訳はない。私はそう思って、以前、図書館から数冊の本を借りて読んでみたが、諸説紛々ある中、納得するまでに至らず、結局分からず仕舞いである。当時の日本軍による徹底した情報操作で、真相は闇に包まれたままである。

先だって、六才年下の弟からも、南京大虐殺の真相について意見を求められたばかりである。
私が目から鱗を落としたのは、ビデオを見終わった時である。
一巻目の「南京大虐殺、フィルムは語る」と言うタイトルのビデオは、1937年から38年にかけて日本軍に占領された南京市内で、略奪、暴行、強姦、虐殺にあう一般市民の惨状を、当時南京に布教で滞在していた二人のアメリカ人牧師が、日本軍に隠れて撮影した16ミリフィルムである。
トーキーではないが、白黒の映像は意外と克明で、生々しい。

彼等は身の危険を感じながら撮影したフィルムを、上着の内側に縫いつけて南京を脱出し、列車で上海に逃れたと言うのである。戦後二人はそのフィルムを携えて、アメリカ国内の各地で講演をした記録が残っている。その為か、フィルムを見たアメリカ人の生き証人が今でも結構いるのである。
既に亡くなった牧師の子供の証言など聞いていると、背筋が寒くなるほど恐ろしい。映写室には12,3人程の人がいたが、そのほとんどは私のような退職者だった。中に数人の主婦もいたけれど、恐ろしい映像を見るに見かねて途中で映写室を出て行ってしまった。残酷な日本人の血が、自分にも流れているのを認めたくなかったからかも知れない。

二巻目の「証言、侵略戦争」と言うタイトルのビデオは副題として「人間から鬼へ、そして人間へ」と記されている。三人の日本人の戦争体験者が、その残虐行為を痛苦の念を持って語っている。自分と同じ過ちを二度と繰り返させてはならないという固い信念を、心の底に秘めて証言しているのである。
若くして戦地に送り込まれた東大のエリート小隊長は、悩んだ挙げ句、百戦錬磨の部下達に煽られた形で何の罪もない一人の市民を銃剣で突き殺してしまう。

貧しい秋田県の農村から徴兵された純粋な青年も、上官から出世のためには人間の一人や二人は殺さないと駄目だと洗脳され、実行してしまう。彼の夢は早く上等兵になって実家に送金する事であったと言う。
最後の一人は、大学の柔道部で活躍したスポーツ選手であるが、彼もまた徴兵されて憲兵隊に配属される。そして同じように人間を殺したのである。

三人とも戦火の下で、人を殺したのではない。単に肝試しと言うだけで人間を殺したのである。否、当時日本人は中国人をチャンコロと言って、人間とは思っていなかった節がある。
中には、五十人斬りとか百人斬りと言って自慢した兵士もいたと言う。牧師が撮った映像の中で、掘られた穴の前に手首を後ろで縛られた市民の首を、日本刀で切り落とすシーンがある。
首を斬った瞬間、真っ赤な血が吹き上げたと三人の証人達が捕捉説明する。辛うじて首が繋がっている人間を置き去りにして兵士達は立ち去ってしまうが、物陰で見ていた数人の市民が急いで病院に運び込む。

そうした残虐行為を受けた患者を治療した英国の医師が、あまりの残酷さに日記をつけ、それを本国に持ち帰った。病院の中には首を半分斬られた人間が、頭をがっくり前に落としている姿が映し出される。
とても正視できる映像ではない。それと同じ残虐な行為をしたと三人は告白しているが、何故そんな残酷な事をしてしまったのか、自分でも分からないと言うのである。

ひとたび人間を殺せば度胸がついて、あとは何人でも殺せたと言う時の彼等の顔は苦痛に歪んでいた。
人間が一度鬼になり、そしてまた人間になった瞬間である。今になって、自らの命を絶ったとしても謝罪し切れるものではないと、静かに淡々と語っている彼等の姿に私は胸を打たれた。

三巻目のビデオは「生きている間に語りたかった」と言うタイトルで、日本軍によって性奴隷とされた旧植民地や占領地の女性達が、人間としての尊厳の回復を求め、未だ癒されない心身の痛みを国際公聴会の場で切々と訴えているフィルムである。
ほとんどの女性が従軍看護婦に雇うからと言われ、連れて行かれた先は将校達のベッドであった。世界各国の調査委員が傾聴する中、悲嘆のあまり気を失いかける女性を周囲の人が助け起こしたり、日本政府の冷たい対応に泣き叫ぶ女性が証言時間を過ぎても立ち去らないシーンが延々と続く。

これでも南京大虐殺はなかったと言うのだろうか?中国に出征した日本軍兵士の数は知らないが、一人が一回虐殺を行えば自ずと殺された人の数が計算出来る。百人斬りのような例もあるので、未曾有の数に上るのは間違いない。ましてや、川に投げ込まれた死体が累々と流れているのを見れば、大虐殺を疑わない人はいないのではないだろうか? 

当時の日本を、あの忌まわしきオウム心理教が起こした事件と重ね合わせれば理解が早いのではないかと思う。当時の天皇は絶対的な存在で、いわばオウムの教祖と同じ神である。兵隊はむろん皇軍だから、天皇の命令には絶対服従である。その天皇を利用して発せられたであろう上官の命令もまた絶対服従である。遠く離れた中国の地で、軍隊としての統制が弛んだ組織の中には、非人間的な上官もいた筈である。

さて、小泉首相が近隣諸国の反対を押し切って、八月十五日の終戦の日に、靖国神社に参拝する予定だと言う。歴史認識の違いと言う理由であれば、彼にもこれらのフィルムを見て貰いたいものである。
きっと、彼もまた目から鱗が落ちるに違いない。フィルムの真偽を疑う者はフィルムを見てからにして欲しい。映像の中で、苦痛に満ちた証人達の顔に、真実を見極められない人は論外である。

南京大虐殺の真相を知りたがっていた弟に、私の所見を伝える積もりでこの作文を書いた。
首相の靖国神社参拝の是非を問う一助になるかも知れないからである。戦後中国が罪を憎んで人を憎まずと、日本の兵隊を無事帰してくれた事は誰でも知っている事である。
独りよがりの歴史認識は、国を危うくすること間違いない。
目から鱗が落ちる経験は何度でもしたいものである。                       

                                                                                                               (完)
脱稿日: 2001/08/11.154

*南京大虐殺の死者は、中国側の発表で、30万人と言われているが、様々な検証から3万人から6万人と推定されるとの事。中には、虐殺は限りなくゼロに近いと言う識者もいる。いずれにしても、30万人は中国側のでっち上げと思われます。真実が暴かれる日はもう来ないのだろうか?

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