2008/05/30.115
まだ青いデコポン
デコポンが出来ちゃった
このところ、暗いニュースばかりでなんとなく気分が憂鬱 だった。
アフガニスタンの戦争が終わったと思ったら、今度はイラク戦争が始まった。国内では不気味な白装束のオカルト集団が車でキャラバン隊を作り、山の中の公道を迷走したりして、すわ!オウムの再来かと不安が拡がった。
迷走と言えば、本来オホーツク海のような寒い海にいるはずの、アゴヒゲアザラシが突然多摩川に現れ、その後横浜の帷子川や東京の荒川、埼玉の中川などに移動して各地でみんなの人気者になった。
ここまでは良かったけれど、そのあとこのアザラシに災難が降り掛かった。右目の横に釣りの仕掛け針が刺さってしまい、目から涙を流す痛々しい姿でテレビのブラウン管に度々登場したのだ。ひょんな事で、その釣り針が取れるまでは、可哀想で見ていられなかった。そして、今は恐ろしい新型肺炎のニュースがテレビのワイドショウを賑わしている。どうやら感染源は中国で、死亡した人は既に700人を越えたらしい。
先日妻が料理中に包丁で指を切ってしまった事や、主軸の選手が三人も怪我をして巨人が四連敗した事なども、憂鬱になって当然な事である。そんな中、ちょっとした嬉しい事があった。
我が家の甘夏みかんの木にデコポンの実が成ったのである。甘夏ミカンは毎年実をつけていたので、珍しくはない。豊作の年には御近所に分けても困るほど出来てしまうので、いささか持て余し気味の果実だったのである。甘夏ミカンは甘いけれど、酸味が強くたくさんは食べられないので、フルーツと言うにはおこがましい感じがする。
だから、ご近所に分ける時にはビニールの袋に葉のついた甘夏を5、6個入れて、
「処分に困っていますので、ご協力願います」と言うメモ書きを入れる。処分して貰うだけでも有り難いので、わざわざドアを開けて手渡す事など、それこそおこがましいから、袋を玄関先に置いてそっと帰って来る。
前の家は実家が農家で、美味しい柑橘類や柿など常々頂いているので、とても持って行く勇気はない。
斜向かいの家と両隣の二軒に持って行くのだけれど、玄関先に置いて来るまでに誰かに会わないかとヒヤヒヤするのだ。
美味しいものならともかく、処分品を持って行くとなると気が引けるからである。
実際にはそんな気遣いは無用で、食べてくれた奥さんからはとても美味しかったと礼を言われる。それでもお世辞と思ってしまうのは何故なのだろう?甘夏ミカンは果実ではあっても、やっぱりフルーツとは思っていないからだろう。
マイホームを新築して五、六年経った頃に、鉢植えで買った甘夏ミカンを植えた。10年程経った頃から数える程の実を付けるようになった。それでも、他の家にある同じ大きさの木に比べると極端に実の数が少ない。
考えてみると、我が家の甘夏ミカンはあまり太陽が当たらない北寄りに植えてある。車庫のうしろの空間に先の事も考えずに植えたので、日照時間が少なく実があまり成らない。毎年五、六個で終わってしまう。
そこで、予め根切りをして翌年太陽の当たる南側に位置をずらして移植した。するとどうだろう。
翌年から沢山の実が成ったのである。
嬉しい事に、ご近所に配る甘夏ミカンは私の心配をよそに、意外と好評である。
伊豆出身のお隣の奥さんは柑橘類が大好きなので、喜んで貰ってくれる。一度は我が家の甘夏ミカンが無農薬と言う事に目を付けた彼女は、皮をマーマレードに作って持って来てくれたし、斜向かいの奥さんは毎年翌年の予約を申し出てくれる。とは言え、私は今でも甘夏ミカンをフルーツと分類する気になれないでいる。
昨年太い枝を下ろしたせいか、例年に比べて今年は実が少ない。ご近所に処分をお願いするほど沢山は成っていないようだ。それでも駐車場から庭に通じる階段を上ったあたりに、かたまって数個の実が垂れ下がっている。うっかりすると、おでこにゴツンとぶつかってしまう。
ある日、妻が危ないからと三個ほどの実を切り取ってきた。季節的にももう食べ頃で、八百屋に並んでいる甘夏ミカンとなんら遜色がない立派な果実である。味見と言うことで、一個を取り上げてみたのだが、なにやら形がおかしい。元々甘夏ミカンはゴツゴツしていて、スマートな形をしているものが少ない。中にはコブが出来て醜い姿のものもある。ところが私が手に取ったゴッツイ甘夏ミカンは、姿以外にも色までも変なのだ。
やけにオレンジがかった色をしている。
「随分不器量な甘夏ミカンねえ」それを見た妻も認めている。
「なんだか、この甘夏ミカン変だよなあ。形だってデコポンみたいだしさ」そう言ってから、私はハタと思い出したのだ。
「もしかしたら、これデコポンじゃないのかな?」5年ほど前に、実家が農家をしている前の旦那から、面白いから試しにやってみたらと言われて、頂いたデコポンの枝を小さく切って5、6本を甘夏ミカンの枝に接ぎ木した事を思い出したのだ。どうせ駄目だろうと思っていたが、翌年二本が新芽を出して接ぎ木が成功したのだ。
けれども、喜んだのも束の間で、暫くして一本は枯れてしまった。やっぱり接ぎ木は難しかったと半ば諦めていたのだが・・・
あれ以来、接ぎ木の事はすっかり忘れていた。ましてや、どの枝に接木したのか全く覚えていない。
だから、毎年新しい芽が沢山出る甘夏ミカンの木に、デコポンの芽が出たとしても分からなかったに違いない。
「きっと、これデコポンだよ。形も色もデコポンだし、食べてみようか?」皮を剥いて一房食べた瞬間、
「間違いなくデコポンだ!やったね!」私は有頂天になった。
「ホントだ。デコポンだわ。酸っぱくないもの!」妻の目も輝いている。たった一本の接ぎ木から一個のデコポンが成ったのだ。嬉しくなった私は前の家に飛んで行った。
「見て下さいよ。接ぎ木したデコポンが実をつけましたよ」
「えっ!そうですか。それは凄いじゃないですか!」奥さんが言った。聞くと前の家では既に三個のデコポンが成ったと言う。
「でも、うちのはこんなに立派なデコポンじゃなかったわよ。これならスーパーで一個300円位で売っているんじゃないかしら?」
「一房食べてみて下さい。貴重だから少しだけですよ。アハハ!」私は早速、妻が折ったデコポンの枝を見つけようと血眼になった。その枝を大事にして、来年また実を成らしたいと考えたからである。
妻の折った枝の切り口が合う枝をやっとの事で探し当てると、その枝にデコポンの枝と書いた名札を括り付けた。残念な事に、その枝には花が咲いていないから、来年はデコポンは成らないだろう。
美しい物には棘があると言うが、美味い物にも棘があるのだ。
良く見るとデコポンの枝には、甘夏ミカンにはない鋭く尖った長い棘がある。鋭い棘を付けても不用心な妻に折られてしまうのでは、何の為の棘なのだろう。
デコポンは清美オレンジとポンカンの掛け合わせだという。デコポンのポンはポンカンのポンだろうが、デコは何だろう?デコポンの上の部分が出っ張っているからだろうか?
それにしても、丸い物同士を掛け合わしたと言うのに、どうして突起が出来るのだろう?不思議だ。
(完)
脱稿日: 2003/05/21.225
* 出だしの話題が古くてごめんなさい。 その後、デコポンは最高で10個結実しました。