2008/01/20.102                                                                                                                            

                                                                                                 浮釣木の花（アブチロン）

                                                 　ゴミ当番

明日がゴミ当番となると、妻はとてもナーバスになる。
収集車がゴミ置き場のゴミを持ち去ったあと、カラスに対抗して被せてあったネットを、小さく畳んで片付ける仕事が待っているのだ。
明日は雨が降らないだろうかとか、収集車が遅れて来ないだろうかとか、挙句はカラスは何時頃やって来るだろうかとか、およそ予知出来ない事ばかり言っては、イライラしている。

雨が降ったらカッパを着るのが面倒だとか、何時もは昼前に来る収集車が遅れて午後になってしまったら、、予定していたデパートに行けなくなるのでどうしようとか、カラスは食べ物を匂いで嗅ぎ分けるに違いないから、袋はしっかり閉じておかないと駄目だとか、いくらでも続きがある。
だから、収集車がやって来る迄の間は、ゴミの話ばかりで少々うんざりする。

いい加減にしてくれと言うのは簡単だが、そんな事でいちいち心配している、いじらしい妻を見ていると、話しを聞かざるを得ないのだ。ネットを畳むのは無論のこと、運が悪ければカラスに喰い散らかされた生ゴミを、箒で掃いて始末するのが当番の役目である。妻がナーバスになるのは、誰かがネットをいい加減に被せると、カラスがゴミ袋を引き千切り、中の生ゴミを道路一面に散らかしてしまう事が、しばしばあるからである。

食べ残しのカレーライスやマヨネーズなどが、アスファルトの道路にへばり付いたりすると、バケツに水を汲んで来て、箒で洗い流すのが大変らしい。ネットの掛け方が悪かったのは誰なのかが問題になって、みんな疑心暗鬼になってしまったのだと言う。妻のイライラする気持ちが分らない訳ではないが、そんな事で神経をすり減らすのは、いささか勿体ない。

ゴミ当番が男性だとすれば、
「しょうがねえなあ。カラスの野郎め！」それで済んでしまう。同じ人が同じミスを繰り返したとしても、犯人探しはやらないだろう。　「いずれ、分ってくれるだろう」　と度量のあるところを見せる。
ところが、女性はそうならない。いろんな情報を掻き集めて犯人探しをする。カラスに散らかされたゴミや食べ物から家庭を割り出す。幼児が使うプラスチック製の小さなスプーンでも出てくれば、それだけで犯人はかなり限定され、小さな子供のいる家庭は戦々恐々となる。

仮にカレーライスが散らかっていれば、普段からカレーライスが好きだと吹聴している家庭が一応の候補にあがるだろう。ゴミの中に捨てられたダイレクトメールなどがあれば、もうそれは決定的な証拠だから、犯人探しは終止符を打つことになるが、それだけで終らない。
犯人を除いた人全員が、暗黙のうちに固い絆で結ばれるのだ。やれ、やれ！

先日、妻の旅行がゴミ当番と重なってしまった。代わって私がゴミ置き場の始末をする事になり、妻から細々（こまごま）とネットの畳み方の手ほどきを受けた。ネットぐらい誰だって畳めるからと、ハイハイと上っ調子で聞いていた。以前はネットを一枚だけ掛けていたけれど、カラスが網目から嘴を突っ込んで袋を破いてしまってからは、二枚覆う事にみんなで決めたと言う。

いずれは燃やされてしまうゴミを、それまでして守らなければならないなんて、カラスもなかなかやるもんだと感心したりする。頭の良いカラスも二枚のネットにはさすがにお手上げのようで、以来カラスの被害はなくなったらしい。当番の当日、収集車がゴミを持ち去った後に、満を持した私がゴミ置き場に駆け付け、だらしなく拡がったネットを片付け始めた。

ところが、二枚のネットが絡み合い、カラスと違って頭の悪い私には、二枚のネットを同時に畳む事が出来ない。布団を畳む要領で、二枚のネットの両端を持ってバタバタと仰いでみたが、捻じ曲がったネットは思うようには形を整えてはくれず、何度やっても駄目である。とうとうヤケッパチになって、グチャグチャに重なったネットを、そのまま適当にくるくると丸めると、電柱にくくり付けられたロープを引っ張り、ぐるぐると巻き付けた。

何の工夫も無く巻かれたネットは、やけにかさ張って見栄えが悪い。
畳んだという感じではなく、まさに団子状態の物をただ縛ったという代物である。こんな現場を近所の奥さんに見られてしまったら、また大問題になってしまうかも知れないのだ。そう思うと、今度は自分が犯人にされるような気がしてきた。次のゴミ当番の人が、だらしなく片付けられたネットを見て、どう思うだろうか？

妻の執拗なまでの手ほどきを受けたと言うのに、このザマである。
ゴミ当番表はあらかじめ各家庭に配布されているので、犯人の割り出しはすぐさま出来る。これでは妻に嫌疑が掛かるのは目に見えている。
「あの人って、案外だらしないのねえ！」なんて言われかねない。妻はそんな事にならないように、私に徹底的にネットの畳み方を伝授しようとしたのに違いない。

けれども、私にはこれ以上上手く畳む事が出来ないから仕方ないではないか。
妻だって最初は上手く畳めなかったと私は思う。試行錯誤して何度か実践して行くうちに、コツを掴み上達した筈である。だから、たった一度で上手く畳もうとする方が間違っている。大体、必要以上に大きなネットを、二枚も掛ける事自体が過剰防衛と言うものだ。いくらカラスが賢いと言っても、ネットさえちゃんと掛けておけば、それほどの被害はない筈だ。二枚も掛ける必要がどこにあると言うのだろう？

それにしても、家庭の主婦は大変だ。神経も使うからストレスが溜まるだろう。男なら梯子酒でストレスを解消するが、女はケーキの喰い放題にでも行くのだろうか？
妻の代わりを務めたゴミ当番が終ったと安堵した翌日の朝、旅行から帰った妻が、
「ねえ、貴方！　ここにあった牛乳パックの油はどうしたの？」　何やら、不吉な予感に襲われた私が、
「昨日、僕が他のゴミと一緒に捨ててきたけど？　何か？」
「ああ、やっぱり、貴方だったのね。余計な事をしないでいいのよ。昨日ゴミ置き場に油が流れていて大変だったと、みんなが騒いでいたわよ！　どうやって捨てたのよ！」
「どうやってって？　そのままスーパーの袋に入れて捨てたけど？」
「えっ！馬鹿じゃない！ああ、やっぱり、うちが犯人だったわ！」私に向けられた妻の目は憤怒の一色に変わっている。何故油が流れ出たのか分らないで、オタオタしていると、
「あの油は未だ薬品を入れて固まらせていない油なのよ！」

あ〜あ、やってしまったか。でもさ、そんな鬼の形相で怒るこたないだろ！
僕だって一生懸命やったんだから。　たかが油が流れただけでさ。
ゴミ問題がグッと私に近づいたと思うと、私もナーバスにならざるを得ない。そんなゴミ問題が家庭の中にまで、持ち込まれるとは思いもよらなかった。やっぱり、ゴミ問題は難しい。
そう言えば、何処かでカラスがアホ〜、アホ〜と鳴いていたっけ。

                                                                                                               　（完）
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