2007/05/20.078　                                                                                                              

                                                                                                    　　　サクラソウ

                                                        花粉症

ここ数年、花粉症と言う病気のような病気でない病気が流行(はや）っている。
春は杉や檜の花粉が、秋になればブタクサやヨモギの花粉が大量に飛んできて、それが色々な悪さをする。
一種のアレルギー反応で、涙目、くしゃみ、鼻水や鼻詰まり等の風邪に似た症状を引き起こすのだ。
「何だ！それしきの事か」と馬鹿にしている人がいるが、そう言う彼等も立派な花粉症予備軍で、許容量を超えた花粉を体内に取り込むと、「何だ！それしきの事か」と馬鹿にしていられなくなる。

「去年まで何でもなかったのに、今年はやたらと鼻水が出て、目も痒くて困ったよ。花粉症なのかな？」
先日、一緒に飲んだ友人のボヤキに、
「間違いなく、花粉症だろうね」返事も至ってそっけなくて済む。
けれども、癌のような病気の場合はどうだろう。癌に間違いないと思っても、
「多分、癌だろうね」とは、とても言えるものではない。病気のような病気でない花粉症であればこそ、何の抵抗もなく言えるというもので、実にいい加減な素人診断が罷り通る。

実は私もひどい花粉症で、毎年花粉が飛び始める三月から四月に掛けては、全く予定の立てられない生活が続くのである。北風が吹くと、とてもじゃないが外には出られない。先日も招待された友人のコンサートを棒に振ったばかりだし、好きなヨット遊びもその気が起こらず、毎日が入院生活と変わらない。

粘度ゼロの鼻水を始末するには、大量のティシューが必要だから、常に二箱位は用意しておかねばならないのだ。鼻の頭はこすれて赤くなるし、眼球の裏側がひどく痒くて、目をこすると充血して熱を持つ。
一番我慢出来ない事は、それらの症状が重なるとボーッとして頭が重くなり、すべてにやる気が失われ、
一時（いっとき）、人生を無駄にしてしまう事だ。

隣の奥さんは私より遥かに重症で、この時期、鼻水の始末に追われて食事も碌に取れないらしく、体重が激減すると言う。太り気味の彼女がダイエットに成功すればラッキーではないかと、口の悪い人は言うかも知れないが、果たして彼女の心境はどうであろう。花粉症になったと、目を擦（こす）りながら言う人の顔を見ると、これで自分も漸く一端（いっぱし）の人間になったような顔付きをしているが、大抵はそれほど重症の花粉症ではなく、たまたま花粉の大将みたいな塊が、目に飛び込んだだけの事である。

友人の花粉症はその類だから、
「そのうち、鼻水が花粉の蜜で甘くなって、ミツバチが仰山寄って来るさ」　冷やかすには、もってこいの花粉症である。私が子供の頃は、花粉症などと言う病気はなかったが、鼻水を垂らした子供は沢山いた。
昔は今時の母親のように、子供が鼻水を垂らすと、直ぐにハンカチで拭いてくれるような事などなかったから、ほとんどの子供は自分の袖口でズズズッとこすり取っていた。
だから、どの子の袖口も、黒くテカテカと光っているのが普通だったのである。

ところで、子供にも花粉症はあるのだろうか？
最近は子供に接する機会がないから分らないが、子供の花粉症はあまり、と言うより全然聞いた事がない。そこで、花粉が飛ばない穏やかな日曜日、子供に訊いてみようと近くの公園に行ったのだが・・・
昼下がり、きれいに整備された立派な公園に人っ子一人いないのだ。五，六羽のハトの群れが広場の真ん中で、のんびりと日なたぼっこをしているだけである。

それならばと、駅ビルの地下にあるゲームセンターに行こうかと思ったけれど止めた。
マスコミの取材ではあるまいし、わざわざ交通費を掛けてまで出掛ける程の事もない。
「ねえ、子供にも花粉症はあるのかなあ？」馬鹿にされると知りつつ妻に訊いてみた。
「当ったり前でしょ！　何で子供にはないと思うの？」それはそうだ。大人にあれば子供にだってあるだろう。

訊かねば良かったものを、またしても、くだらん事を訊いてしまったと後悔しても、もう遅いのである。
こんなやりとりが長年続いて、妻が私を馬鹿にするようになってしまったと言うのに。
この程度の事なら愛嬌でいいと思っていると、とんでもない事になる。妻は愛嬌などとは取らず何時でも本気だから、その歴史の積み重ねが致命傷になりかねない。くわばら、くわばら！

花粉症対策のグッズは色々あって、思わず吹き出してしまいそうな商品がテレビで紹介される。月光仮面のような装束が理想の姿とくれば、誰だって笑わずにはいられないだろう。何もそんな格好をして通勤しなくてもと思うけれど、生活がかかっていれば、本人だって必死だから、人目なんか気にしてはいられないのだろう。

それにしても手強い花粉症である。
一体、花粉症とは何なのか？　花粉の中にある何とかと言う蛋白質が体内に入ると、これに対抗するための抗体が出来る。アレルギー体質の人は、その抗体が出過ぎて免疫のバランスが崩れてしまい、いろんな症状を引き起こす。
喩えはあまり良くないが、泥棒に入られて、お父さんと二人の体育系の息子達、それに近所から駆け付けた隣人とで、一人の泥棒を取り押さえるならば、それは極（ごく）普通の事なのだが、数人の泥棒に入られて、互いに顔も知らない大勢の隣人が駆け付けたとしたら、誰が泥棒なのか分らず現場は相当に混乱するだろう。

「やれ、あいつだ！」「やれ、こいつだ！」と怒鳴りあえば、互いに猜疑心が高じて自らを守ろうとして過剰反応を引き起こす。そうなれば、現場はシッチャカ、メッチャカになって、怪我人まで出てしまう。
それと似た状況が花粉症と言う事になるのだろうと思う。

「でもねえ、俺の花粉症は不思議なんだよ。酒やビールを飲むと症状がなくなってしまうんだよ」
私に花粉症と判定された友人が言った。私が彼の肝臓の数値があまり良くない事を知っているので、つい、そんな言葉が出たのだろう。
酒飲みには酒飲みの哲学があって、酒の効用をどんな時でも臆面もなく、言ってのけてしまうところが面白い。

花粉症は花粉が飛ぶシーズンが過ぎれば自然に治るのだから、普段丈夫な人がその時季花粉症になるのは、辛さを知って他人を思い遣る事が出来るという点では、お薦めの病気である。
子供に下手な情操教育を施すより、至って実践的で効果の上がる教育の一環として、大いに花粉症になりましょう。こんなふざけた私の提言を、上手に利用する事が出来る教師がいないものか？
提言したご褒美に、私だけは花粉症に罹らない妙薬を頂けまいか？

                                                                                                                 （完）
脱稿日：　2000/04/15.082

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