2007/02/30.070

                                                                                                                                                                                                            　　　                                                                              　　　 鎌倉旧安保小児科医院のｼｬﾝﾃﾞﾘｱ

                                  　　　　　　　　　　恥の枢軸


暮れから正月にかけての休みは九連休となった。官庁は例年２８日が御用納めになるけれど、去年の２８日は土曜日なので、金曜日の２７日がご用納めになった。
ほとんどの会社も同じで、２７日は午前中くらいまで身の回りの片づけなどして、午後には一杯飲んで終わりと言う段取りのところが多いようだ。
年が明けて、正月休みは日曜日の５日までだから暮れの休みから初仕事まで、最も効率のいい休暇が実現して、海外で正月を迎える人の数は過去最高になると言う。

常夏の国ハワイやオーストラリア、ニュージランドなどの暖かい国へ出掛ける人が多いのは当然だけれど、ヨーロッパやアメリカなどへも沢山の観光客が行く。年末年始に掛けてハワイには５万人程の観光客が訪れたそうだけれど、そのうちの実に９５パーセントが日本人だったそうだ。
この傾向は毎年の事で、日本人が如何にハワイが好きかという事になる。芸能人が好むハワイに行けば、彼等の誰かに会えるかも知れないと言う理由で行く人もいるだろうし、何処に行っても日本語が通じると言う安心感があって行く人もいるだろう。
中にはたまには羽目をはずして、女性と遊びたいと言う破廉恥な思惑で行く人もいるかも知れない。どんな動機で行くにせよ、日本人のモラルがハワイを通して世界中に知れ渡る事を私は心配している。


ヨーロッパでバスを借り切って、ブランド品を買い漁る日本人観光客の薄っぺらな心理は許せるにしても、ワイキキなど、ほとんどの浜辺で禁止されている飲酒や喫煙を平然と行っているのは、日本人観光客だと言うのは断じて許せない。昔は美しかった浜辺にタバコの吸い殻やビールの空き缶が至る所に転がっている映像を見ると悲しい気持ちになる。
自分達の国土を汚すだけでは飽きたらず、他国に行ってまで汚している日本人観光客にハワイの美しい自然を提供する価値があるのだろうか？日本では黙認されている違反行為が、ハワイでも通じると思っているのだろうか？

先日も一人の著名な芸能人がハワイに来ると言うので、大きなカメラを担いだ沢山の日本人の報道陣が、空港で待っている姿が映し出された。手持ち無沙汰に待機している連中の様子を報道しようと別のマスコミが映していたものだけれど、いざ芸能人が着いたという段になると、吸っていたタバコを路上にサッと投げ捨て、我先にと走り出すカメラマンの姿を見ると、身の置き場がないほど恥ずかしい思いがする。
正月早々ハワイにまで来て、そんな仕事をしなければならない彼等に同情していたけれど、その光景を見てそんな同情は一変に吹っ飛んでしまった。

プライベートでやって来る芸能人を追い掛ける事が、どんなにクダラナイ事かと私なら思うけれど、需要があるからと言うのが当のマスコミの言い分だろう。そうは言っても、ハワイを訪れる芸能人は多く、次々とやって来る彼等を重いカメラを担いで追い回さねばならない仕事に嫌気が差さないのだろうか？
いい大人が十代のタレントを追いかけ回す姿はどう見ても異常である。あれはまさしくストーカーそのものではないか。普通の人、例えば私などが、あんな事をしたらストーカーと間違えられて、忽ち捕まってしまうかも知れないのだ。逮捕は免れても、半径５００メートル以内には入ってはいけないと言う行動の自由を奪われるのは必至だろう。

ところが、マスコミならばレンズの先一メートルまで接近しても捕まらない。タバコの吸い殻を当然のように投げ捨てているという前科があると言うのにだ。これは絶対おかしいではないか。　彼等には私には分からない取って置きの特権でもあるとでも言うのだろうか？
それとも、そういう事をしないと芸能人に嫌われて二度と近寄る事が出来なくなるとでも言うのだろうか？マスコミの常識は一体どうなっているんだろうと思う。

きっと、彼等は知っているんだよね。思うような生き方が出来ない事を。カメラマンであれば誰だって、世界の時の大統領や首相などのスクープ写真を撮ってみたいと思うだろう。れっきとした写真学校を出てまで自分の娘のような年代の芸能人を追っかけるなんて、思っても見なかったに違いない。
たとえ、最初から良い仕事が回って来なくても、いずれは家族にも尊敬されるような写真を撮って一家の主としての面目を保っていきたいと考えていた筈なのだ。

それがどういう風の吹き回しか、気が付いてみると、尊敬されるどころか、恥ずかしくて家族と正面向いて顔も会わせられない幼稚な写真ばかり撮る羽目に陥っている。こんな筈ではないと思っても、もう遅いのだ。
家族を養う基盤はそれしかない事が嫌という程、現実のものとなってしまっている。馬鹿馬鹿しいと思っても、子供の学費や家のローンなんかに追われて、二進（にっち）も三進（さっち）も行かなくなっているのだ。


何も好き好んでジャリタレを追いかけ回している訳ではないと、自分に言い聞かせるのは仏道の修行より辛い事かも知れない。ハワイに来てまで芸能人に付きまとい、人に何と言われようと彼等を撮り続ける事は、もはや仕事を通り越してマインド・コントロールするための修行に近い。
マインド・コントロールに成功すれば、もう恐い物は何もない。生意気なジャリタレの軽蔑した視線に会おうと、
タバコの吸い殻を投げ捨てて私の心配を増長させようと、一向に気にならなくなる。

不思議な事に、ジャリタレの顔がお札の福沢諭吉に見えてくる。蔑んだジャリタレの顔が観音様のようにも見えてくるのだ。恥ずかしいと思う気持ちなんか、これっぽっちもない。
肩の骨に亀裂が入るほど重かったカメラが嘘のように軽くなるのだ。そして撮って撮って撮りまくるのだ。だから、ハワイを汚す事などヘイチャラになると言う訳である。

そんな日本人がハワイに落とす金は相当なものだと聞いた。観光で喰っている島としては、痛し 痒 しと言うところである。ついこの前の事。私が鎌倉駅前のバスに乗って発車を待っていた時の事だ。
ぼんやり窓の外を見ていると、人待ちらしい一人の西洋人の男性がタバコを吸い終わり、吸い殻を捨てようとあたりをキョロキョロと見回したけれど、灰皿が何処にもない。
困惑顔の彼はなおもウロウロ歩き回って探していたけれど、見つからない様子なのだ。私がどうするかなと見ていると、彼は改札口にいた駅員に断って、駅舎の中にある灰皿まで捨てに行くではないか。

日本人にもあんな人がいれば、日本人に生まれて良かったなあと思うだろう。正月休みは日本人の恥を世界に披露する九連休になってしまうかも知れない。ハワイがゴミ箱でない事を早く悟って欲しいものだ。
昔の日本にあった恥の文化は、今では文化が取れて、単に恥だけとなってしまったようだ。
そのうちに、恥の枢軸と後ろ指を差されるようになってしまうだろう。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（完）
脱稿：2003/01/09.212 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

　＊　現在、ハワイは全島禁煙になったそうです。恥の枢軸と呼ばれない条件が整って安心しました。
            
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