2005/10/30.022

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　        　寄せ植え

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　糞詰まり

嫌な話しで恐縮ですが、貴方は糞詰まりで苦しんだ事はありますか？
糞詰まりなどと言うと、大抵の人が顔をそむけてしまうほどくだけた言い方には違いないが、他に的確な言葉が見つからないので、ご容赦願いたい。

医学用語で肛門閉塞と言う言葉があるのかどうか僕には分らない。
でも、腸閉塞と言う言葉はちゃんとあるのだから、ある筈だと思うけど、確信がないので、今は糞詰まりと言っておこう。つまり、肛門にスーパーボールのような硬い便が詰まってしまい、いくら力んだところで、にっちも、さっちもいかない自然現象のひとつである。
昨日僕はそれをやってしまった。痛かった。苦しかった。何だかとっても情けなかった。
もう駄目かと思った。でも、それに耐え抜いて僕は生還した。

随分大袈裟と思うかも知れないが、こればかりはやった人しか分らないし、ましてや経験した人となると、ほんの僅かな人しかいない筈だから、この際表現の自由を最大限発揮させて貰っても、バチは当たらないと思う。僕が何故こんな目に会わなければならないのか？
月並みだけれど、日頃の行いが悪かったという事にしておこう。

その日、朝の８時半から見ていた３０分もののテレビ番組が終ったところで、僕は二階のトイレに入ったのだ。つまり９時前後だったと思う。このトイレは新築した当時、狭い場所で孤独は嫌だと言う発想から、隣り合わせにある洋室のクローゼットを半分割いて造ったので、かなりゆとりのあるトイレなのだ。
洗面所とウォシュレット付きの便器があって、窓からの明かりがビニール・クロスの床に反射する気持ちの良いトイレである。

実は一昨日から便意がなく、食べている割にはこの日も便意がなかった。
体内で食べ物のカスがどんどん溜まれば、それが押し出されて体外に出ると言うのが必然である。その必然がこの二日間やって来なかったから、何かあるなと僕は不安になった。その不安が現実のものとなったのである。
いくら力んでもウンチが肛門を出ようとしないのだ。

近頃、社会がいくら後押ししても、大人に成り切れない大学生が実社会に出る事を嫌って、何時までも肛門、
いや、校門を出ようとしないのと一緒である。

「イテ、テテー！」僕は顔をゆがめた。
「ウッ、ウッ！」今度は口をゆがめた。
「アッ、ハッー！」次に体をよじって両手を空中に躍らせた。
孤独の部屋の中で、僕は三つの動作を同時にやった。それも一回や二回ではない。
何度も、何度もやったのである。ウンチがつかえた肛門が痛いのは勿論、下っ腹全体がひどく痛いのだ。
それも波状攻撃をかけて来るから、防戦の暇がない。

こんな時こそウォシュレットが効果を発揮するに違いない。ここはひとつ温かい湯を存分にジェット噴射して、頑固なウンチ将軍を湯攻めにせんと作戦を立てた。
「参った！参った！わしは栄養分のないカスじゃけん。そんなに湯を浴びたら、直ぐにボロボロになっちゃうから、止めときや！」とか何とか喚（わめ）いて僕の勝利？

僕は「イテテ、ウッ、アッ、ハッー！」と苦しい中、勝利を信じて温水洗浄のボタンを押した。
僕はざまあ見ろ！と言いたかった。思い切り罵声を浴びせたかった。勝利の美酒にも酔ってみたかった。

が、しかし、それら全部の野望が断たれた瞬間、再び、
「イテテ、ウッ、アッ、ハッー！」が始まった。悶えて、悶えて、悶え抜いた挙句、料理に使うビニール製の薄い手袋をはめた手で、ウンチ将軍の頭を引っ掴もうと考えた。
ウンチ将軍の波状攻撃の中、僕はその手袋をはめると、ウンチ将軍の頭をまさぐり始めたのだ。

敵は僕には見えない絶好の位置にいて、引っ掴むには相当の犠牲が出るかも知れないと僕は思った。
案の定、ウンチ将軍は赤や緑の戦闘服を着た水兵を使ったゲリラ戦法で応戦したのだ。
未消化の人参やほうれん草でカモフラージュした迷彩服姿の水兵達が、忽ち僕の白いビニールの手袋に取り付いたのだ。同時に鼻が曲るほどの酷い悪臭に僕は気が遠くなった。

僕はi一瞬ひるんだけれど、気を取り直すと再びアタックした。でも、又敗北である。
ウンチ将軍はますます強固になっていくようで、とうとう難攻不落の城を造ってしまった。二つの山を持つお尻の真ん中に、一番高い第三の山が出来てしまったのだ。
皆さんは「また、大袈裟な！」と思われるかも知れないが、本当なのである。

その山の中にウンチ将軍が陣取っているのが、それこそ手に取るように分るのだ。
まさに鉄壁の守りである。僕は痛さに堪え兼ねて、トイレの床に横になってしまった。
ゆとりのある広さが、こんな時に役に立つとは思ってもいなかった。けれども、横になってもウンチ将軍は攻撃の手を弛める事はしない。

横になっても無駄と知った僕は、立ち上がろうとしたけど、下っ腹が痛く、腕に力が入らず立ち上がれないのだ。
それでも、やっとの思いで立ち上がると、再び便器に座り直した。
トイレの時計は１１時を指している。かれこれ２時間、トイレで唸っている事になる。
もう限界と諦め、妻に救急車を呼んで貰おうと、トイレのドアを開けるのと同時に、焦った妻が一本の綿棒を持って現れた。

「これで、掻き出したら？」何という認識不足なんだ。僕は呻（うめ）きながら心の中で怒った。
「こんな物で掻き出せる訳ないよ！」僕は吐き捨てるように言った。
強固なウンチ将軍が綿棒の一本や二本、へし折るのは朝飯前だと言うのに、
「これで、つついて柔らかくすれば出ると思うわ！」未だ妻は暢気な事を言っているのだ。

僕は二つの休火山に挟まれた活火山のウンチ山を外から揉んでみた。早く噴火させる魂胆だったけれど、ウンともスンとも言わないのだ。それどころか、また波状攻撃が始まり、下っ腹が差し込むように痛い。
もう、これで何度目だろう？これ以上ウンチ将軍に苦しめられるのは真っ平だ。
火事場の馬鹿力とは良く言ったもので、人間切羽詰ると結構力が出る。

 懸命に力むこと２０分。ついにウンチ将軍が降参した。白旗、いや黄色の旗を揚げて肛門からニロ、ニロっと出てきたのだ。時計はきっかり１２時である。３時間にも及ぶ戦いの幕は遂に下ろされたのだ。

僕は勝つには勝ったけど、体力はほとんど使い果たしてしまったので、もうメロ、メロでグロッキーの状態である。もう二度とこんな目に会うのは御免と、翌日僕は薬局で便を柔らかくする効き目のあるセンナの葉を買い求めると、それを煎じてコップに一杯飲んだ。
が、しかし、それが利き過ぎたのだ。
「イテテー！ウッ、アッ、ハッ〜、こりゃ、こりゃ！」二日続きの阿波踊りが始まった。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　       　（完）
脱稿日：　1999/12/05.050

　＊　この作文を公開した丁度一ヶ月後に、第三次ウンチ戦争が勃発した。
       朝８時から１０時まで、２時間にも及ぶ激戦でウンチ将軍を降参させたけれど、僕もかなりの傷を負いました。懸命に痛さに耐えたためか、悪寒が走り、とうとう寝込んでしまいました。
       降参させたとは言え、生き残った残兵が多く、彼等が第４次ウンチ戦争を企てているので、警戒しています。　

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