2014/06/27.302
    

                                              　女性はカワイイ

増税前の駆け込み需要で、デパートやスーパーの売上げが大幅に上がったものの、その反動で増税後は、誰もが予想した通りの展開になった。
それを見越して、スーパーもあの手この手で、減収に歯止めを掛ける努力をしている。
私が良く行くスーパーの食料品売り場に、最近、スーパー直営のセルフサービス式ブックカフェが出来た。言ってみれば、イートインスタイルで、売り場で買ったパンやケーキなどを持って、コーヒーが飲める。

大手スーパーに本屋さんがあるのは、そう珍しい事ではないが、大抵の場合、書籍業者がテナントとして入り、スーパー自身が経営するケースはあまり聞かない。
書籍販売のノウハウは、さぞかし大変だろうと思いきや、売っているのは雑誌や趣味本、観光本、それに文学賞などを受賞したベストセラー等で、わざわざ本屋さんに行かなくても、直ぐ手に取ってみたいと思う本だけに限定している。

洒落たスタンドや観葉植物の鉢が置かれた棚には、分厚い洋書なども並んでいるけれど、それらは単に店の装飾品で中身は空っぽである。先日、それと知らずに洋書を手に取ったオジサンが、本があまりにも軽かったので、危うく落としそうになった事がある。

私がその店を初めて知ったのは、奥にある魚売り場に、私好みの刺身の盛り合わせが並ぶまでの間、時間潰しにブラブラ店内を歩き回っていた時に、偶然見つけたのだ。
以前は、クリーニング店と、洋服のリフォーム店があるだけだった場所に、オープンスタイルの小綺麗なブックカフェがあるのを見て、「おや！」と思ったのだ。

店の中央に、シンプルなデザインのテーブルと椅子が並べられ、その周りの本棚には、飾りで無い売り物の書籍が、ぎっしり並んでいるのだ。
オジサンが落としそうになった中身の無い洋書が並んでいる棚の壁に向かって、カウンターの席もあり、私のように一人で来る客には格好の場所である。

飲み物は数種類のコーヒーだけで、その場でお金を払うと、紙コップとコーヒーが入った蓋付きの小さなカップが渡される。コーヒーカップを機械の上部にセットして、その下に紙コップを置いてスタートボタンを押すと、ボタボタと熱いコーヒーが流れ落ちて来る。
買い物を終え、一休みする人には便利な店なのだが、難点は、レジに人がいない時がある。レジ専用の店員を置かずに、食料品売り場の女性店員が、掛け持ちでやっているからである。

それでも、彼女達は何時もブックカフェにも目を配っているので、あまり待たせる事なく売り場から飛んで来るのだ。経費節減の皺寄せが、従業員にも降り掛かっているのだろう。
その分、コーヒーは安く、大衆的なコーヒーチェーン店の半額で飲める。
私の場合は、コーヒーを味わう事は二の次で、本を読んだり、作文を校正したりするだけなので、静かなカウンター席さえ確保出来れば良い。その上、安く飲めるなら言う事はない。

私が良く買う刺身の盛り合わせというのは、マグロやサーモン、タイ等の切り落としで、正規の刺身として売れない寄せ集めなのだ。
処分に困る部分を商品として売るからには、安い値段で適当に売るしかない代物なので、量も多く、売り場に並ぶと直ぐに売り切れてしまう人気商品である。
色々な魚が入っていることから、バラエティー刺身とは、実に心憎いネーミングではないか。
そのバラエティー刺身が私の好物で、半分をビールのつまみにして、残った半分はお茶漬けにして食べる。これが実に美味しい。

先日、そのバラエティー刺身を運良くゲットした。
その日は暑かったので、刺身が傷まないように、店がサービスしている氷を入れて帰る事にした。売り場の隅にある製氷機の前で、一人の年配の女性客が氷を詰めていたので、彼女が終わるのを待つ事にした。
作業が終わり、彼女が機械の前から離れたので、私の番が来たと思い製氷機の前に進もうとした将にその時、カートを押した一人の中年の女性が、待っている私を完全無視して、さっさと、私より先に製氷機の前に進んでしまったのだ。

あれよあれよと言う間の事だったので、私は呆気に取られてしまった。仕方なく、彼女が終わるのを待つことにした。
（あれだから、女性はカワイイんだよな。男性はあんなヘマは絶対しないもんな）
女性は何の躊躇いもなく、備え付けのビニール袋を機械にセットして、ドライアイスが出て来るのを待っていたが、ふと、待っている私に気がつくと、素っ頓狂な声で、
「あらっ！お待ちになってたんですか？すみません」
「いやいや、良いですよ。別に急いでいる訳じゃないですから、お構いなく」
「やだわ、私ったら。直ぐ終わりますから」
女性が、慌ててドライアイスが入った袋を、製氷機から取り出そうと引き上げた瞬間、
袋の底が破れて、ドライアイスがザラザラッとこぼれ落ちた。
「ドライアイス用の袋を使いましたか？氷用だと弱くて駄目みたいですよ」私が言うと、
「あらっ？いけない。氷用の袋を使っちゃったわ」
女性は、今度はドライアイス用の袋をセットすると、再び製氷機のボタンを押した。
「すみません、直ぐに終わりますから」
「どうぞどうぞ。急がないでやって下さい」

ドライアイスを詰め終わった女性は、ちょっときまり悪そうに会釈すると、カートを押して私の前から立ち去ったのだ。やっと私の番が来たので、やおら製氷機に近づくと、またしても私の前を一人のオバサンが、足早に製氷機に突進したのだ。
オバサンは機械の前で何気なく後ろを振り返り、運良く私の存在に気がついてくれたのだ。
「あらっ！すみません。並んでらしたんですね。」
彼女はそう言うと、引き返して私の後ろに付いた。
（女性って、自分本位だから周りが見えないんだろうな。カワイイなあ）
私は氷をビニール袋に入れ、バラエティー刺身のパックの上に乗せた。パン売り場で菓子パンを一つ買うと、ブックカフェに入った。
店内には、本は勿論のこと、菓子パンもケーキも買わず、紙コップ一杯の安いコーヒーを目の前にした、元気でカワイイ女性のお年寄り達が屯している。
（あれで、長時間ねばられたら、店も思惑が外れてあがったりだな）

生まれてこの世を去るまで、女性は一貫してカワイイ。
比べて、男性は一貫してカワイク無い。何故だろう？
敷居を跨いで七人の敵と闘わねばならない男達には、無防備と言う概念が無いからだろう。
一方、カワイイは、無防備がその源泉だと知らない、愛すべき女性だけの特権と言える。
それを知り過ぎている女性は、カワイク無い男性と同じ部類の人間という訳か？

けれど、私はそんな女性も好きだ。
どっちも好きだなんて、もしかしたら、私は変態かも知れない。
コーヒーを啜りながら、私はそんな事を考えた。
　　　                                   
                                                                                                                                      （完）

脱稿日：　2014/06/26.381　
   

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